3月11日、東北、関東大震災が起こった。
震度9、瞬く間に押し寄せる大津波で、家屋が、人々が・・・一瞬のうちに波に飲み込まれ、全てをないものにしてしまった。
阪神淡路大震災を関西で経験し、被災地に医療者の枠で出向いた自分だけれど、今回の地震の被害は、想像を超える状態である。
まだ被害状況ははっきりしないし、又福島の原発事故に対しての恐れはこれからも続く・・・。
この事態を私たちはどう考えていくべきか。
カメの翼プロジェクトを4月には動き出していくはずだった。
しかし・・・今いろんな方が自分の生活に対して変化が起きている。
その状況を踏まえ、ちょっとこのカメの翼プロジェクトを公に公開する時期を考えて・・・
このカメの翼プロジェクトに至るまでに様々な取り組みがあった。
その取り組みの中に、カメパオプロジェクトがあった。
阪神淡路大震災の時に、子供の緊急の居場所つくりとしてのプロジェクト。
それがカメパオプロジェクト。
そのカメパオプロジェクトが動き出す必要性があるのではないか!と静岡と京都に動きが起きた。
阪神淡路大震災の時以上に現場は過酷である。
インフルエンザの蔓延。トイレの確保。物資がまだまだ足りない。
派遣された医療者も、被災地にいることじたいがたいへんであるという。
そんな中、カメパオプロジェクトとしては、いつ動き、何が必要かを考えていかなくては・・・
今後の子供達を支えるカメの翼プロジェクトの思いの中には、この震災をどう大人たちが考え、関わっていくかをも問われているように思う。
その前に、今同時にカメパオプロジェクトが動き出す。
さあ~、今確かな情報を個々に集めよう。
そして今何を必要として、どちらの方に向いていくことが復興なのかを、個々が考えていこう。
記事 miho. terada
2011年4月1日金曜日
2011年3月9日水曜日

KAМEの翼プロジェクトの会議は、2月にはいって、1週間おきに行われている。
このカメの翼プロジェクトの情報の媒体は、KAМEの翼新聞、このブログ、そしてリーフレットである。
この間KAМEの翼新聞、創刊0号は出来上がった。
KAМEの翼人形も出来た。
KAМEの翼プロジェクトの公式の印鑑も出来た。
住所録、会計録もできた。
いろいろなものは個々の提案より・・又推薦・提示によりできあがる。
アーティストの手にかかり、印鑑ができ、
しっかりやの・・・のほほんやの・・・主婦のよさを発揮していろんなものが出来上がる。
最後はリーフレット。
京都から・・東京からきた原稿をデザイナーが色の修正、紙、どのようにこの送られてきた媒体をいいものに変えていくか・・・悪戦苦闘!
リーフレットの中身のイラストを担当しているのは、東京のイラストレーター・丸山氏。
仕事を後回しにしてまで、このプロジェクトに心を入れる。
狂ったように描きこみ、このプロジェクトの場所であるアゴラを今まで以上に、理解しようとしている。
このプロジェクトは、忘れていた子供のころ体感したワクワク感を主体に、変化する自分を楽しむことにありそうだ。
miho.terada
2011年3月2日水曜日
プロジェクトの趣旨をもう一度
今一度、このKAМEの翼プロジェクトはの趣旨を考えてみよう。
このKAМEの翼プロジェクトは、単に10人の若きアーティストを支える企画プロジェクトではない。
それが趣旨なら、アートプロジェクトに限局してしまい、美大や美術イベントとなんら変わりない。
本当の趣旨は、みんなの意識の変容を期待するものではないかな・・・。
意識の変容って?何?
リーフレットにしても、新聞にしても、活動にしても、どこかにある真似事では、限界が見えて、何もワクワク感はなく、答えも見えてしまう。
今まで世間を渡り歩いてきた大人たち・・・疑問はなかったのだろうか?
仕事に対しても、世間のありように対しても、もっとさかのぼれば、勉強のありようにしても・・・疑問なく納得して今まで来ただろうか?
仕方ない・・・と長いものに巻かれるすべを知った人、この世をうまく生きようと、知識を詰め込んだ人、誰かが作った方程式にいつの間にか乗っかってしまってはいないだろうか?
このプロジェクトは、このことを問いかけられているのではないかな・・・。
めちゃくちゃやってしまえ~といっているのではないよ。
いろんな経験をつんでいろんなすべを学んだ大人が、いまひとつ子供のころの思いにたちもどり、夢を持とうということ。
型にはめ込むことは自分を窮屈にしてしまう。
夢を持つということは、枠から外れる・・・純粋な思いに立ち戻ろうということかもしれない。
昨日「守ってあげたい」という松任谷由美の曲を何気に聞いた。
遠い夏、息をころしトンボを採った。
もう一度あんな気持ちで夢を形にして・・・
so, you do not have to warry 守ってあげたい~。
子供のころ・・・守られた記憶のある時代・・・私たちは、時間を忘れて、やりたいことをやったような♪
あのころのワクワク感。
トンボなんて採れないよって大人にもし言われていたら、採らなくなってしまう。
そんな大人じゃなく、自由に採ってみなよ!っていえる大人。
そしてその大人さえも子供の気持ちに戻る。
このプロジェクトは、子供のころの自分に戻って、殻を破る作業をすることなのかもしれないと今なんとなく感じます。
10人のアーティストを支えることにサポートが一番必要に思えるけれど、そのことを中心にいろんな関わりのが生まれ、変わることの面白さが見えてくるような気がする。
terada
このKAМEの翼プロジェクトは、単に10人の若きアーティストを支える企画プロジェクトではない。
それが趣旨なら、アートプロジェクトに限局してしまい、美大や美術イベントとなんら変わりない。
本当の趣旨は、みんなの意識の変容を期待するものではないかな・・・。
意識の変容って?何?
リーフレットにしても、新聞にしても、活動にしても、どこかにある真似事では、限界が見えて、何もワクワク感はなく、答えも見えてしまう。
今まで世間を渡り歩いてきた大人たち・・・疑問はなかったのだろうか?
仕事に対しても、世間のありように対しても、もっとさかのぼれば、勉強のありようにしても・・・疑問なく納得して今まで来ただろうか?
仕方ない・・・と長いものに巻かれるすべを知った人、この世をうまく生きようと、知識を詰め込んだ人、誰かが作った方程式にいつの間にか乗っかってしまってはいないだろうか?
このプロジェクトは、このことを問いかけられているのではないかな・・・。
めちゃくちゃやってしまえ~といっているのではないよ。
いろんな経験をつんでいろんなすべを学んだ大人が、いまひとつ子供のころの思いにたちもどり、夢を持とうということ。
型にはめ込むことは自分を窮屈にしてしまう。
夢を持つということは、枠から外れる・・・純粋な思いに立ち戻ろうということかもしれない。
昨日「守ってあげたい」という松任谷由美の曲を何気に聞いた。
遠い夏、息をころしトンボを採った。
もう一度あんな気持ちで夢を形にして・・・
so, you do not have to warry 守ってあげたい~。
子供のころ・・・守られた記憶のある時代・・・私たちは、時間を忘れて、やりたいことをやったような♪
あのころのワクワク感。
トンボなんて採れないよって大人にもし言われていたら、採らなくなってしまう。
そんな大人じゃなく、自由に採ってみなよ!っていえる大人。
そしてその大人さえも子供の気持ちに戻る。
このプロジェクトは、子供のころの自分に戻って、殻を破る作業をすることなのかもしれないと今なんとなく感じます。
10人のアーティストを支えることにサポートが一番必要に思えるけれど、そのことを中心にいろんな関わりのが生まれ、変わることの面白さが見えてくるような気がする。
terada
2011年2月26日土曜日
カメの翼新聞創刊0号完成!
カメの翼新聞創刊0号が完成した。
この新聞はアナログでの情報発信。
ゆっくり、じっくりカメのようにデジタルでは伝わらない、ゆっくりとした、手作りの優しさをお伝えできれば・・・と思います。
0号では、「KAМEの翼プロジェクト」に至った経緯、プロジェクトの思い、プロジェクトの動きを順次載せていきます。
もうすぐリーフレットも完成!動き出します・・・KAМEの翼プロジェクト♪
terada
この新聞はアナログでの情報発信。
ゆっくり、じっくりカメのようにデジタルでは伝わらない、ゆっくりとした、手作りの優しさをお伝えできれば・・・と思います。
0号では、「KAМEの翼プロジェクト」に至った経緯、プロジェクトの思い、プロジェクトの動きを順次載せていきます。
もうすぐリーフレットも完成!動き出します・・・KAМEの翼プロジェクト♪
terada
2011年2月21日月曜日
”KAMEの翼”プロジェクト・プロローグ
“KAMEの翼“プロジェクト -試みる若き創造する人への支援プログラム- 2010~2020
アゴラは、私だけのものではない。誰のものでもないという思いが2年前の裏山の崩落以降、強くなってきていた。子供たち、アゴラに関わってきた大人たちの様々なアゴラに寄せる思いが、アゴラを支え、創っていることを実感、再認識する。そして、アゴラとカメパオのイメージは、開設当初から、私の中で重なるように在った。今、更にアゴラとカメパオが同義語のように思えてきている。
夏に行われるキャンプは、風通しのいい居場所のように、自由に行き来する、様々な子供や大人たちが出入りする。学校では、町では感じないダイナミズムを味わう。今、社会に必要な在りようも見えた。カメパオの時、イメージした“桐の殻”の空間と古いアゴラの佇まいが重なった。
昨年からはじまった、納屋のアトリエ、ギャラリーの改造は、アゴラを巣立った子供たちが、自由にアゴラに立ち寄り、思い切り自分の試みが出来る場所として造りはじめた。この改造は黄瀬君の手を借り、来年の春を目標に進行している。
アゴラは、3歳から18歳までの子供たちが制作を中心に活動する場所です。アゴラで大切にしてきたこと。待つ、じっくり温める、怖いという感覚を大切にする、子供が自分で把握できる速度と時間、親切過ぎる教育はしない、手をかす、子供とのちょうどいい距離感、自然を実感する、一人の時間。そんなキーワードを心にしながらアゴラの雰囲気をつくってきた。開設から14年が過ぎ、大学や社会へ巣立っていった子供たちがでてきた。私は、いろんな子供が、大きくなっていく様をつぶさに見てきた。
無菌室の中で促成栽培するような子育てや教育はやめないといけない。
焦る必要はないですよ。
子供は、アリと遊びながらゆっくりと育つ。
大人から子供へ伝えるべきものは、ちゃんと伝える。
自立していくまでの時間をじっくりと見守る
時代を創造する若者の羽ばたきを支援するシステムを
つくる。
つくる。
プロフェッショナルな世界へ羽ばたいていく前に、自分が思い描いていることを、思い切り試す機会と実験場(環境)を提供します
思い描いていることを、思う存分に試してみなさい
翼を持ったKAMEのように!
KAMEの翼プロジェクト/(渋垂)
2011年2月18日金曜日
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