2014年8月12日火曜日

8月10日日曜日、フリートーキングが開催された。

ジャーナリスト・北岡和義氏、ジャーナリスト・井上脩身氏、ジャーナリスト・渡辺幸重氏、アーティスト・高橋匡太氏、そして今年の選考作家の成田ゆみこさんと中村彩子さんも参加した。多数の方に来ていただき、今の社会を語る一日としていただきたかった。
しかしあいにくの台風で、参加者は少し少なかった。けれど、内容は本当に濃いものになった。いつの間にか特別秘密保護法が公布され、集団的自衛権の行使容認等、今までは平和を当たり前に感じられる日本であったのに、急に徴兵制や表現の自由等脅かされるような言葉が日常に聞かれる。どんなに世界状勢がきな臭い状態になろうとも、日本は憲法9条があり、平和憲法に守られ、戦争をしない国、武器を持たない国だと子どもの頃に聞いていたし、それを自慢に思っていたし、学校でもそのように習ったのだから、日本に生まれてよかったと思って今まで過ごしていた。いつの間にかそんな子どもが子を持つ親になり、その子がいつの間にか戦時中であれば、徴兵制に連れて行かれる年齢にさしかかりつつあるのである。この窮屈な社会状勢に子育てを中心に生きていたお母さんたちほど不安なものはない。さらに原発も収束していないのに、拡散されている放射能に対して感受性の高い子どもを持つ親は、どのようにこれからの社会を生きて行くべきか・・等さまざまな思いがある。そんな食や環境、子どもの未来の事を当たり前に言葉に出して行くことが大事だと渋垂氏は言う。秘密保護法という法は治安維持法によく似ていると世間ではある。すると先読みする人たちは、触らぬ神に祟りなしというような暗黙の空気を読み、はぐらかし、言葉を持たなくなる。その状況に隣近所の監視がきつくなっていき互いが見張り番をして戦争に突入したのが69年前に終わった第二次世界大戦だった。自由は突然無くなるのではなく、自由はその権力の表明に寄ってその空気を読み取り、その権力(力)に靡き、言葉をなくすことから空気を作り出し、戦争という空気さえ作られて行くのである。仕方ない・・・のたった一言が・・・。当たり前に語ること、おかしいと思う事がいい空気を作る。風通しのいい環境が健全な日常を作り、安心と平和を持つ事が出来る。
お母さんは守りたい。
母性という本能的な感覚がある。
その思いが危機感を抱く。
子どもたちの未来はどうなんですか?
その事を学校では語られず、学校では(中学、高校)右に習えを教えられる。
自分を持つ事をいいよって言われない教育と大事な事を語らない今のメディア。
教えて!教えて!
親も子どももちゃんと教えて!
特に自分を持ち表現者として生きて行こうと決めたアーティストはどうしたらいい?
そんな思いを持ちながら台風の中語り合った。
北岡氏の50年のジャーナリスト人生から語られた今と井上氏の45年のジャーナリスト人生から語られた今と渡辺氏の40年のジャーナリスト人生から語られた今と・・・
このアゴラをずっと見て来てくださった朝日新聞記者だった竹田氏も
勉強になりましたと光のアーティストの高橋匡太さんも
これから大学受験を目指す高校3年生のKさんは、真ん中で大人たちの声を朝10時から夕方5時まで聞き続けた。そして、自分の受けている教育は暗記のような歴史だったと最後に語った。
塾の先生もたくさんの子どもたちを教える側として今を感じたと語った。
アゴラの子どもたちの親御さんも雨の中来てくださった。
こんな話は普段はしないんですよ・・・とあるジャーナリストは言った。
なんだか話してしまった。どうしてかな?って言った。
子どもたちの絵がたくさん陳列されたこのアゴラ
山と田んぼと自然の風と雨音と・・・
その嘘偽りない純粋な気配がいっぱいのアゴラは
大人も子どもも素でいられる。
だから当たり前に語るんですよ。
当たり前に怖いもののは怖い、だめなものはだめ、いいものはいい、
その当たり前の感覚
ニュートラルな感覚を今本当に皆が感じて行く事なんです。
このフリートークは誰が上でも下でもない
いろんな言葉の嘘はもういらない・・・
ゲストの井上さんが言いました。
豊かさはこの風や空気、自然の恵み、時間経過なんだ、その生き方の見直しがこれからの未来なんだと・・・
最後にゲスト北岡さんが言いました。
アメリカから帰って来て日本はいつの間に変わってしまった。優しさが減った。人情が減った。危ない今の社会に、どう生きていくか・・・
それは、一人一人の意志に反映される。
今までの戦後の歴史を置き去りにして終わった事とと日本人はしているが、朝鮮も中国もやられた方は終われない。ならば日本もちゃんと歴史を追って今に至る背景を知る事である。無知ではいけないのだよ・・・と。
直視して学び、意志を持ちどう生きるか・・・個々の生き方が問われるのであると。









お母さん方や女性が朝10時から夕方五時の間に来れる時にやってきて、用があって出て行く・・・そんな出入りのあるフリートーキングでもあった。
例え人数は少なくとも、この場所でこれからも続けて行く。
当たり前に話せるコミュニティー、居場所・・・
この連続が実態を作るのですと発起人の渋垂氏はいう。
自然と子どもが未来へのキーワ―ド。
これがおろそかにされた国は未来はないのである。
本当に大変内容のあるフリートーキングだった。
この場に居合わせないとわからないほどに大事なお話を聞けた、話す事が出来た会だったと筆者も思いました。
さて、次は滋賀県の野鳥センターで高橋匡太氏のワークショップ開催!
是非滋賀へ来てくださいよ!

terada


2014年6月30日月曜日


KAMEの翼プロジェクトフリートーキング・2014のお知らせ!
                2012年フリートーキングの様子

テーマ: 「最近の社会状況について」
                            各々の立場から語っていただきたいと思います。

場所:「アゴラ子ども美術工場」
日程:8月10日(日曜日) 午前10:00から夕刻5:00まで

参加者:渡辺幸重氏(ジャーナリスト) 
               北岡和義氏(ジャーナリスト)
         井上脩身(ジャーナリスト)
                       
                         高橋匡太氏(アーティスト)
                       
                         はないみほ(エッセイスト)
                                                                                   他___

 今社会は、当たり前にあった認識が変容されようとしています。 集団的自衛権行使、武器輸出、特別秘密保護法を中心に、たくさんの法律が現政権になって可決されています。それも知らぬ間に閣議決定されています。 消費税増税、法人税減税、 中小企業に対する税率問題、残業手当廃止・・・国民への負担が大きい政治と言えます。その変容はたいへん急ぎ足で、私達国民の民意が反映されていません。国民抜きの政治が動いているようです。 
平和憲法があって、日本は戦争に巻き込まれずに戦後68年という月日を過ごすことが出来ました。 
上記法案を急ぎ足に可決し、動き出したとき、日本は平和を維持できるのでしょうか。これは大人の問題ではなく、これから大人になっていく子どもに関わる問題となります。
福島の原発事故後の放射能問題も、もう終わったことではなく、今も収束せずに現実に汚染は続いています。その状況の中、子どもたちを取り巻く環境はどうでしょうか。経済のみが国を成り立たせているのではなく、そこに平和に安心して生きる人々の存在があっての国家です。子どもたちが心身共に健康に育まれてこそ、未来の日本は存在するのだと思います。子どもたち抜きの国家形成は、国の秩序を保つことは出来ないと思います。
     キーワードは“子どもと自然”

そこを抜きにした机の上の議論は、大変危ういと感じます。

 今回は、政治に近いジャーナリストたちに子どもが行き来し、自然豊かなこの場所に来ていただき、これからの日本の未来を各々に語り合っていただきたいと思います。
そして子どもの一番そばにいる親たちもこれからの子どもが生きる未来の日本を本気で思考してもらいたいと思います。

多数の参加お待ちしております!  


                                                                                                                                       記事 terada


 特定秘密保護法、名前を聞いただけでその中身の怖さを感じます。全文を読みました。こんな内容が今ほんとうに必要なのでしょうか?崇高な思いを語る憲法のもと、日本が世界に誇れる平和国家としてなぜ生きようとしないのでしょうか。この先の未来を担う子ども達が何も気にせず自分らしく生きていくこと、あなたを大切に生きなさいと自信を持って伝えられる世の中にしておきたいですね。創造にもっとも必要な“知る”ことに規制がかかる、人権を無視した重圧と監視の社会はもう懲りたはずです。日本社会もドイツも、、、にもかかわらず、日本だけが際立って暴走しはじめていると言えます。教育、子育て、子ども達の健やかな育みを侵してはいけません。自由を奪ってはいけません。
 アゴラは、静岡の里山と琵琶湖の里海を行き来し、親鳥が羽の中で卵をゆっくり温め育てるように、焦らず子どもたちの育みを見守っていきます。里海に飛来する水鳥のよう、海を渡り、何千キロも越え、逞しく生き抜く子どもに成長してくれることを願います。
     特定秘密保護法に反対します
      2013.12.10 Agora子ども美術工場  渋垂 秀夫 







2014年5月26日月曜日

2014年度KAMEの翼
          プロジェクト始動!

里山にカモシカが!
野鳥センターの目の前には里海・琵琶湖
今年は琵琶湖にカメが飛びます!




今年もKAMEの翼プロジェクトは、静岡県のふじのくに文化芸術振興助成事業の対象となりました。
皆様の支援のもと、KAMEの翼プロジェクトは、静かにゆったりと活動しております。

今年度は、静岡県(里山)と滋賀県(里海)を行き来します。
選考者は、成田侑未子さんと中村彩子さんです。


ー本年度活動内容ー

里山の自然と時が止まったような佇まいの中、ゆったりと、じっくり時を過ごしながら表現と向き合うレジデンス。時代の時象を敏感に感じながら表現に向き合う。今回は里山と里海を行き来します。

*ゆみこの心展 /  繊細な感覚が掴む心象世界。色鉛筆・水彩画、ペン画、デジタル画(成田侑未子)

*あやこの糸と線の織りなす日本の心展 / 織物、水彩画、色鉛筆画 (中村彩子)

*はないと小説『未来へ』/ 福島の桃源郷を思い、綴り描く(はないみほ)

*高橋匡太 光と影のワークショップ2014 / 里山から里海へKAMEの翼君が空を飛ぶ!(高橋匡太)

*フリートーキング / 高橋匡太(光と影のアーティスト)、渡辺幸重(ジャーナリスト)、片山通夫(フォトジャーナリスト)、はないみほ(エッセイスト)、中村彩子(選考者)

*サポーター交流会 / 里山の再生と福島を思い樹木植樹とお茶会(随時交流会は様々な催しを企画します)

―2014年度のこれまでの経過報告と今後の予定―

4月・・・参加メンバーの確定、依頼チラシポスターのプラン/丸山(イラストレーター)
6月・・・掛川市役所記者クラブにて記者発表、チラシ配布
  ・・プチ交流会・桃源郷の手入れと草むらの庭、山のキャンパスの庭鑑賞会&お茶会
7月・・・設営準備、段取り、期間体制作り
8月・・・フリートーキング、サポーター交流会
9月・・・小説『未来へ』挿絵原画展と小説『未来へ』の語り会(はないみほ)
10月・・・ゆみこの心展(成田侑未子)
   ・・プチ交流会・桃源郷の手入れと草むらの庭、山の庭鑑賞会&お茶会
11月・・・高橋匡太光のワークショップ 2014年 / 里山から里海へカメの翼君が空      を飛ぶ(高橋匡太)
2月・・・カメの翼君一座『影絵劇』/ 掛川のアゴラと琵琶湖のアゴラの子どもたちと一緒      に上演。里山と里海を行き来する(静岡と滋賀で二回上演)
3月・・・山の再生サポーター交流会



2014年3月10日月曜日

3月11日、小説「未来へ」の発売!

昨年のKAMEの翼プロジェクト制作者・はないみほさんの小説『未来へ 上・下巻』が電子雑誌のLapiz (ジャーナリストたちによる雑誌)より生まれたLapiz novelsより電子書籍として発売される事になりました。


LapizNovels 発売開始!

はないみほ作品

『未来へ上巻』550円 『未来へ下巻』630円
あれから3 年・・・。
3 月11 日上下巻同時発売!


<あらすじ>
福島第一原子力発電所はメルトダウンをした。原発近隣に住む人々はどうな
ったか!?同時にテレビ画面上でその出来事を知った人たちは何を考え、どう
したか?原発事故が日本人に問いかける。
言葉とチカラで出来上がった大人の世界を子どもの純粋な心が、言葉やチカ
ラの枠を外して凝り固まった大人たちを動かしていく。
私たちの未来は何処にあるのでしょうか・・・。
現実とファンタジーが入り交じりながらストーリーは展開していく。


ー『未来へ 上巻』 「あとがき」よりー

 東日本大震災から三年目を迎えようとしている。
たくさんの方が亡くなった。
統計によると第二次世界大戦で亡くなった人口を上回るのだそうだ。
え?と耳を疑いたくなる話である。
その事実が私たちのよく見る新聞やテレビニュースから流れないのはどうしてだろう。
それくらいに日本はいろんな情報が隠れてしまう社会のしくみなのだろう。
この震災は私に大きな衝撃を与えた。当たり前だった出来事に、当たり前っていったいなんなんだ?という疑問が湧き出たのである。
本文でも出てくる「当たり前」「仕方ない」「普通は」「それが社会だから」などなどそういう言葉を出されてしまうと、人は思考停止に陥る。それ以上は言えなくなる。
動きも止まる。そして権力者が使う「核の平和利用」「正義のための戦争」という反対語を結びつけた言葉で、人はとんでもない事をすごくいい事のように勘違いしてしまっている。
そういう事例は本当に多い。
日本は、世界で唯一原爆投下された国であり、その九年後第五福竜丸の乗組員も被爆した。
そういう世界で例を見ない出来事を経験しても五四基の原子力発電所が小さな日本列島にひしめき合い隣接している現状。
そして三・一一の福島第一原子力発電所の事故が起きてしまった。
未だに収束されていない。
海にも、地下水にも汚染水は流れ、大気圏も汚染されている。
でも大丈夫だという心理は、何処から来るのだろうか。
そしてそうなんだと安堵する心理を持つ事が出来るのだろうか?
ピノキオという童話を子どもの時に何度も読んだ。
悪い事をすれば鼻が伸びる。
「もうしません」とピノキオは作ってくれたゼペットじいさんに懇願する。
それなのにまた闇の証人に飴や夢みたいなショーを見せられて心奪われる。
そしてピノキオや子どもたちは闇の証人に売られ、ロバにさせられてしまう。
その場面を今私は日本の社会に見ているようである。
焼け野原になった日本は、人の幸せ、豊かさは、お金であるというような思想で統制されていったようである。
そして四季をもち、世界に例を見ない水資源豊富な美しい日本をお金のために破壊し、心まで奪われてしまったように感じるのである。
今本当に大事なのは、理屈ではなく、心で感じる事だと思う。
そして循環する事を意識し、優しい気持ちを持つ事だと思う。
『偽善』という言葉をも作って本当の優しさまでも、誹謗中傷するこの社会に違和感を抱く。
誹謗中傷するまでに人を信じられぬ国にしたのは、誰なんだろう。
その問いに答えられたらと言う気持ちを込めてこの小説を書いた。
震災後三年となり、また今の政権は原発推進を勧めている。
今日本が何処の時点にいるのかを感じながら生きていかないといけない時代である。
私たちは人間という生き物である。
ロボットではない。
一人一人が意志を持ち生きていく時代である。
ピノキオはいつしか人間になった。
私たちも人間のままでいられるようにと願う。

                         二〇一三年一一月一八日
                           は な い み ほ
―是非ご購読よろしくお願いいたします―

*電子書籍で発売。
購入方法は電子雑誌「Lapiz」と同じようににて購入してください。




2014年2月23日日曜日

影絵劇のお知らせ


 子どもたちの影絵劇のお知らせ
影 絵 劇
『KAMEの翼君』




開催日:3月9日(日曜日)19時開演
出演者(アゴラの子どもたち)集合:16:30
子どもたちは16:30から、各クラスの子どもたちとみんな集まって最終リハーサルをします。必ず16:30に集まってください。
16:30に集まり、影絵終わりまで時間があり、子どもたちはおなかがすくと思いますので、前もって食べて来てもらうか、ご配慮ください。

2014年3月9日19時〜、アゴラ子ども美術工場にて影絵劇開催!アゴラ子ども美術工場では、毎年冬は影絵劇をしています。アゴラの開設当初から続く影絵劇。一昨年までは子どもたちが台本も書いていました。けれど去年先生が倒れ、準備不足もあり、台本は寺田が書く事になりました。そして今年も寺田(はないみほ)が書く事となりました。今年の台本は、アーティストの高橋匡太さんが作って、飛ばしたカメの翼君のお話を書きました。影絵劇『カメの翼君』です。子どもたちは毎週毎週影絵の作品と台詞合わせをやっています。優しさが奇跡を呼ぶカメの翼君のお話です。どうぞ、見に来てください。
* 光のアーティスト・高橋匡太氏も参加してくださる予定です。 
* 連絡先:  アゴラ子ども美術工場
    ℡:0537−27−1428

2014年2月20日木曜日

山の再生、桃源郷を作ろう!           (サポーター交流会のご案内)


山の再生
 桃源郷を作ろう!プロジェクト
     参加募集!

日時:3月16日(日)
    10時〜12時
場所:アゴラの裏山
参加費:一家族2000円
(カメの翼pjサポーターは参加費無料)
(植えたい樹木、花苗持参。前もって植える木の名前をアゴラにお伝え下さい。  場所確保が必要になりますから)

連絡先:アゴラ子ども美術工場 
    ℡:0537-27-1428 
    
締め切り:3月9日






山の再生・桃源郷を作ろうプロジェクトのいきさつ
 三年前よりはじめたアゴラの裏山の山の再生。
3・11、東日本が津波、原発事故等で破壊、汚染されてしまいました。
アゴラの先生は、被災地へ出向き、現状を見て私たちの出来る事は何だろう・・・と考えました。当然、子どもたちにも震災のこと、そしてアゴラの周りの環境の事も話しました。子どもたちは、毎年アゴラの周辺を歩き、自然の変化を肌で感じていました。
 日本の山は広葉樹、落葉樹が入り交じった山でした。嘗ては山に入り、クヌギ等の木は伐採し、炭焼きに使いました。いらない枝も取払いました。その作業で山には日の光が射し、新しい命が芽吹きました。ですが、殖産興業の動きで、ドングリは切り倒され、成長の早い杉、檜等をたくさん植えました。けれど、重工業重視の時代とともに林業は衰退します。山に入って作業する若者も減りました。過疎という言葉とともに恵み豊な山は荒廃していき、動物たちは食べ物を求めて里におりてきました。人間が循環する山に入って、人間の都合のいい山に変えてしまったのに、そういう山を守る人もいなくなりました。被害を与える動物が悪い、自然とはもともと当たり前にあったのだから放置していても自然は死なない、自然は大いなる治癒力がある、・・・とどこかで安易に考え、被害だけに目を向け、動物が悪い、気象の変化が悪いのだと目先の対処法しか考えない今です。そういう事を子どもたちにお話しします。
そして私たち一人一人が動き出した事・・・
 三年前に子どもたちとドングリを一個ずつ植えました。その頃年中さんだったM君は小学一年生になりました。小4の子どもたちは六年生。小六の子どもたちは中二です。小さな子どもたちが成長するように一個のドングリは30センチの苗に成長しています。原発事故後は入れなくなった福島を思い、桃源郷をと桃の木や桜、プラム等を植えました。少しずつ大きくなっています。
さて、今年お正月にアゴラの先生はお茶畑を剪定ばさみ一つで開墾しました。
そこにアゴラのお友達の親御さんの紅林さんがユンボで残りの根っこを抜く作業をしてくださいました。皆様の一人一人のご協力と思いから作られるアゴラであり、山の再生です。今度は皆様の木を植えて、山の再生・桃源郷を作ろう!プロジェクトにご参加されませんか!?

 『奇跡のリンゴ』と言う本の著者・木村秋則さんは、ゆっくり時間をかけて、アゴラの先生が子どもたち一人一人に声をかけるように木村さんも木々に毎日声をかけ、自然栽培という本当の環境の中からおいしいリンゴを実らせました。農薬・肥料も止めました。邪魔もの扱いした草それぞれが肥料になり、保護してくれる存在になり、その中で生きる昆虫や鳥が自然界の食物連鎖を取り戻し、害虫を駆除します。その木村さんのリンゴ畑のように自然を取り戻し循環するアゴラの山の再生へご参加ください。
『子どもも自然も成長の秘訣は、見守る事と声かけです』肥料を与え過ぎてはいけません。農薬等の予防策を投じる事も循環を崩します。物の与え過ぎ、先手を打つ保護・・・過保護は、子どもの芽を摘みます。『放置ではなく、見守る。そして声かけ』安定した職業に就く事=子の成長ではなく、自分で生きる強さ(優しさ)を身につける事が成長です。

2013年11月6日水曜日

中原浩大氏の個展「自己模倣」


美術家で京都芸大・彫刻科教授・中原浩大氏の個展を見に行った。
岡山県立美術館にて行われていた個展・「自己模倣」
11月4日は最終日であり、学芸員の方と中原浩大氏とのフリートーク会もあった。
それにあわせて、参加した。
中原浩大氏は、現代美術界では歴史に残ると言われていれる人で、美術手帖という雑誌ではよく取り上げられている人である。
二十代は看護師として、その後は主婦として生きて来た私にとって、そんなにすごいと言われる中原氏を知る機会なんぞなかった。
知ったのは、KAMEの翼プロジェクトのサポートをする事になった4年前。
KAMEの翼プロジェクトを発起するに至り、若者アーティストをサポートする際、選考される若者は、発起人の渋垂氏の信頼置ける二人に!ということで、2010年12月京都芸大の彫刻科の研究室でその話を詰めた。
そこで、中原浩大氏と日比野克彦氏に初めて会った。
その日まで、中原浩大氏と日比野克彦氏の過去の資料を渋垂氏に渡され、説明され、二人のアーティストについて思考した事を思い出す。
2010年、夏、京都近代美術館では、中原浩大氏を含む京都芸大と京都大学大学院医学研究科との共同研究の作品展示がされていて、そこで間近で中原浩大氏の作品を見て、触ってみた。
その後KAMEの翼プロジェクトへのリーフレットの絵や、文章を読んで、彼ってどんな人なんだろうと思考した。私はKAMEの翼のブログや新聞を担当しているため、KAMEの翼プロジェクトの趣旨やそのプロジェクトに参加してくださる方々の事を他者にちゃんとわかりやすく伝える役割が有るために、彼等を知る作業は、その頃から始まった。
そんな矢先、2011・3・11が起きた。
大きな震災は、私たちに問うた。
2011年5月13日〜17日までKAMEの翼の静岡メンバーと被災地の宮城県牡鹿郡女川町へ支援に行った。その時京都から中原浩大氏と黄瀬氏が私たちと加わり、女川町の第4保育所で「カメパオ」作成をした。
阪神淡路大震災後思考され、子どもたちの居場所を想定して作られた「カメパオ」を初めて実際の被災地で制作することになった。そこに私もいさせていただいたわけである。(ちなみに私はカメパオに中で遊ぶおくるみやクッションなどの縫い物の作品を大量に作ってもっていった。)
中原浩大氏は、カメパオの制作図面を丁寧にファイルして女川の保育士さんに渡した。
そのファイルされた図面や資料は、本当に精密であり、丁寧なものだった。
美術家というと、岡本太郎を私は連想する。なんか大胆でかついい加減で、本人しかわからない殴り書きのようなもんか・・・と美術家を自由人=いい加減という見方で見ていた。(岡本太郎さんには悪いがあくまでもイメージで)
しかし美術家(いろいろいるだろうが)って本当に精密で丁寧で、設計士以上に正確なのかもしれないと思った。
「ちゃんと見なさい」と渋垂氏にずっと言われ続けた私は、彼等が本物アーティストと呼ばれる由縁をずっと探していたのかもしれない。
そして崩壊された宮城県石巻市のホテルの一角で中原氏と仲間と寝袋を並べて寝た。
こうして私は初めてそこで「カメパオ」を目にして実際に入り感じる事が出来た。
さて、そういう経験を経て、今回の中原浩大氏の個展「自己模倣」を見に行った。
岡山県立美術館の玄関の窓越しに、中原浩大氏の写真とおめでとうの絵の作品が大きく一面を飾っていた。
有名人ってすごいな〜って私は思った。
そして中に入ると、まずトランプリンのような作品がで〜ん!とあり、そして会場に大きなレゴの作品が2体並べてあった。
「お〜!これがかの有名なレゴの作品か!」とちょっとうれしくなった。
規則的なのか不規則なのか・・・赤をベースに白、青、黄色のレゴブロックで組まれ、中は空洞の長細い大きな作品である。
こんなに大きな作品をつくっているときの中原氏の頭の中、心の中をのぞいてみたいと思った。
今回会場を撮影する事は出来なかったので、資料の中からの写真を添付するが、下の作品が2体会場入り口に並んでいるのである。




そして様々な過去の作品とそれを模倣した作品が並んでいる。
渋垂氏に説明され、美術手帖やいろんな資料を思い出し、実際目の前に彼の作品が有る事になんだか言われぬ幸福感に浸った。
といっても私は美術の事は全くわからない。
だが、20年以上前に美術評論家が絶賛した作品を見れた事に、私の知らない歴史に触れたというか、タイムマシーンに実際のって過去を見れた面白い感覚に包まれたのである。
KAMEの翼プロジェクトは、20年前の静岡県島田市であった「紙わざ大賞展」がきっかけで出来たプロジェクトだと言ってもいいのだろう。
「紙わざ大賞展」の発起人の一人が渋垂氏で、その会場には審査員として、現代美術評論家の(故)中原佑介氏、国際的デザイナーの(故)福田繁雄氏がいて、招待作家として日比野克彦氏、中原浩大氏がいた。そこに今活躍中の光のアーティスト高橋匡太氏は、大学院生としてその場に参加していた訳である。
東海パルプ工場の工場内で9号機を見て、制作をする作家たち。


紙を使う美術家は、何気なく日常にある紙の正体を見て作品を作るべきだ!と渋垂氏は言った。
紙を生み出すには大量の水と大量の化学薬品を使い、汚染物質を川や海に流す・・・この行程を知ってこそ美術家は、作品を作る意味があると渋垂氏はいっていた。
たしかに工場内にいる作家たちと、紙の材料に使われる大量のチップ材の上でインタビューする日比野氏と中原氏。
彼等は、突き詰められたんだ。(あの頃・・・)
その当時の事を振り返り、高橋匡太氏は、あれが僕の原点だとKAMEの翼プロジェクトのフリートーキングの時に毎年その頃の話をしてくれる。
学生だった高橋さんにとってもそれだけ思いっきり思考し、思いっきり制作し、思いっきり表現した日々だったんだと思った。
「自己模倣」でも紙わざ時代のものがたくさん展示されていた。
東海パルプの工場に彼の家族の写真があり、そこからいろんな殴り書きのような色鉛筆の絵は、わたしにとってすごく印象的で、あの当時の若き中原氏が思いっきり思考し、はじけて生み出されたんだな〜ここの作品の数々は・・・と思った。

この椅子は、浜岡カントリーで展示された作品で、「これも作品なん?」と渋垂氏に聞いた。
「これは乗ってみないとわからない。乗ってみて初めてこの面白さ、心地よさ、不思議さに気がつくんだ」と言った。
そうなんか〜・・・現代美術ってほんとよくわからない。
固定した概念がないのだから、それを何でもいいとこの静岡のある美術を支援する団体は、「現代美術だから何でもいい!だから美術をわからない私たちでも出来るんです」と語っていた事を思い出す。
でもその団体がいう「何でもいい」が本当は何でもいいのではない事を感じたい訳である。
「この椅子は、体感してこそいい!と渋垂氏はいった。
見るだけでなく、触ってみて、体感して感じる作品が現代美術の幅なのか・・・
一度座ってみたいものだと思った。
そしてこの作品をみて、去年KAMEの翼プロジェクトの選考作家の加藤元さんの去年の作品を思い出した。
椅子の上に糸で吊るされた棒。扇風機の風が流れ、その糸に吊るされた棒がクルンクルンと回る。
変な違和感と、なんか不思議な感覚を感じたな〜って記憶を辿る。
加藤さんは、今回の中原浩大氏の作品展を見てどう思ったのだろうか?そんな事を思った。

そこには、テレビモニターがいっぱいあって、そこに唇が異様な動きをしているアニメーション?が映し出されていた。
あ!・・・加藤さんと同じく選考作家だった大見明子さんの作品を思わず思い出した。
大見さんは、アゴラの子どもたちの17年の間溜められた絵を題材にして、アニメーションで、子どもたちの静止画を動かした。その作品がモニターにいくつも映し出されていてた。そして永遠に動き続けていた。
大見さんと中原浩大氏とは違うけれど、モニターをいくつも使って作品とする表現方法は、有るんだな〜って思った。
こうして見ていくと、中原浩大氏が、いかにいろんな表現方法をあみだして、アートの領域を変えていったのだと思えてならない。
作品なのか、コレクションなのか、実験機器なのか、発明家なのか、アルバムなのか、単なるオタクなのか・・・その不確かさが無限を生み、固定概念を持たない。
ただ「変なの」・・・という言葉でも言い表せるものなのかもしれないが、この「自己模倣」という個展を見て思った事は、「変なの」はたいへん真面目で、たいへんスケールの大きい、たいへん綿密な作りで、たいへん丁寧で、たいへん今を思考した作品を作られている人なんだという事。
学芸員とのフリートークでは「反省会」と称して話が勧められた。
その中で、中原浩大氏の苦悩が見て取れた。
学芸員は、「大変ポジティブで、前向きなので・・・」と自分の事を言っておられたが、そのポジティブとか、前向きというのは、自分への解釈であって、実は都合がいいすり替えをしているだけなのでは…と思った。
アーティストは、作品を誠心誠意自分の思いのままに作るのである。
だから会場にあわせて作るのではない。
作品展示をする場所が先で、作品が後となる場合も有るだろうが、公共施設の美術館は、作品が先で、それを展示したいと意向を示すのが美術館であろう。
しかし、今回の中原氏の作品は、美術館側の誤算があって、作品をありのままの状態で展示する事が出来なかった。
そして資金的な負担も中原氏に来てしまった結果となった。
依頼があって、作品展示をする。
作家の意向を何処までくんで表現の場とするか・・・
展示された作品は、見る側とすれば、これが中原浩大氏の作品だと思ってしまう。
しかし、今回の個展は、天井の高さや天井の強度、展示場所と公共美術館としての条例問題を含めて、未完の状態の展示となんてしまった事を聞いて、作家の苦悩を感じるのである。
美術館は、なぜ中原浩大氏の「自己模倣」を展示したかったのか?
瀬戸内国際芸術祭にあわせ、岡山出身の作家である中原浩大氏の個展を提示した美術館だった。
だとしたら、地元出身の作家の作品をもっとちゃんとリサーチし、作家の負担も考慮したうえで、この仕事に望んでほしいとこんな素人の私でも思ってしまった。
痛手を受けるのは、いつも公ではなく、個人である。
手を抜く作家だったら、いいよいいよと、その美術館という大舞台での展示を大喜びするかも知れない。
しかし、そこに自分の負担をいとわないのが、本物作家なんだと思うのである。
なぜ、作品を作るのか?なぜ表現をするのか?・・・・
KAMEの翼プロジェクトで若者を選考する立場にある中原氏や若者にエールを送る先輩アーティストの高橋氏は、名声のためでもなく、金のためでもなく、自分の為に表現するのである。
売れるために存在する、金のために存在するアーティストは、もうすでに自分を見失っているのだろう〜・・・


by terada

ps:渋垂氏は、思いっきり試す機会を若者に与えたいと思って、KAMEの翼プロジェクトを発起した。

原点を辿ると「紙わざ大賞」は、若者に思い切り試す機会を与えた企画だった。
島田市と東海パルプと様々な協賛企業が支えた企画だった。
だから確かに思いっきり表現するための資金はあった。
KAMEの翼プロジェクトは、あの当時とは違う、一人一人の支援により成り立っている。若者に思いっきり試してもらえる機会を、利権なしで一人一人の思いで若者を支えるのである。
規模は、いろんな企画展からみれば、小さいかもしれない。
でもなぜ、利権を外し、個人のサポートのみに限っての企画を思考したか・・・
それは、制作する若者が純粋に自分を表現してほしいという事と、コマーシャルとかいろんな事で身動きできないようにならない事、そして支えているのは、若者を純粋に支えている人たち個人だという事。
支える人たちがもっとわかりやすく、もっと身近にそして、その支えてられている思いも感じてほしいのである。その事は、作家からしては、重い話かもしれない。単純に資金を得て思いっきり好きなように試させてほしい。自由に〜という気持ちはわかる。
けれど、作家も人の思いを感じてほしい。
KAMEの翼プロジェクトは、阪神淡路大震災から始まった・・・子どもたちの居場所、子どもたちを守る事。カメ型シェルター「カメパオ」から渋垂氏は、里山のアゴラ子ども美術工場を作った。そして15年・・・子どもたちは巣立つ・・・守られていた子どもたちは自立していく。そこに「紙わざ」の思いっきり試した若者を重ねたんだ。
思いっきり試す機会のない若者へ、渋垂氏の出来る範囲のサポートでした。
支援が多ければ、規模は大きくなる。支援者が少なければその範囲になる。
これは理想に近い発想です。その理想を渋垂氏が現実化した。
今まで制作された若者は、いろんな思いを抱いていると思いますが、純粋にサポートしているKAMEの翼です。
そしてなぜ里山なのか・・・人が行き交うところで展示すれば人はたくさん来るでしょう。美術館ならすごいでしょう。でも里山…田舎だという事は、今の社会を本気で思考しようよ!って言うメッセージなんです。この原発事故がなぜ起きた。なぜ今社会は大変なのか・・・優しさの欠除が、この社会。
中原浩大氏が「自己模倣」で語った事・・・思いっきり試す機会を与えるのも優しさなんだという事だと私は思うのです。