プレイベントの準備始めました!
今日、静岡メンバーの渋垂、原田、木村、櫛田、寺田そして、中日新聞の記事を読んで新しくメンバーに加わった藤原君と、Аgoraの掃除を行う。
プレイベントの制作者の高橋匡太さん、土井由紀子さん、大塚朝子さんが、7月30日~8月1日のАgoraキャンプから、KAМEの翼プロジェクトの拠点のАgoraで1ヶ月以上寝泊りをして制作活動を行う。
その三人が心置きなく、制作活動が行えるための環境つくり。
もともと納屋だったところを改造して作ったアトリエは、子供達の制作の材料、画材等がいっぱい。
またもともと農機具が置いてあった場所ということや里山にあることで、蜘蛛さんがあっちこっちに蜘蛛の巣を張っていたり、埃がいっぱいあったり・・・かなりたいへんだった。
朝から1日かけての大掃除である。
また環境つくりで言うと、Аgoraを取り巻く庭にも手を施した。
プレイベントの制作者だけでなく、Аgoraを訪れるサポーターの皆様への御もてなし。
里山という環境を考慮して植えた花。
入り口には、ピンクのエキネセア、黄色のルドベキア、コバナランタナ、紫、青のブットレア。
玄関にはハーブを主体にし、紫のアメジストセージ、白蝶草、水色のホックセージ、二種類のラベンダー。
その西には、薄紫のセイヨウニンジンボク、水色のルリマツリ、ピンクのベルガモット、赤のチェリーセージ、ガウラ。
西の道沿いには、オレンジのへメロカリス、紫と白の夕霧草、紫のミソハギ、紫とピンクのムクゲを植えた。
またいつかここが果樹園になればと、イメージをふくらませて、ブラックベリー、ネクタリン、イチジク、プラムを植えた。
実はこのАgoraの裏山には、梅や栗の木があった。
しかし4年前の大雨の土砂崩れで裏山の草花はなくなった。
裏山は崩れ、梅も栗もなくなった。
何もなくなったと思いきや、何もない土から200万年から300万年前の地層が現れた。
負から正へと自体は変わった。
そしてむき出しの裏山は、1年、2年・・・月日がたち、いつの間にかまた緑に覆われた。
その裏山に、また人間の手を加えよう!
イチジク、プラム、ネクタリン、ブラックベリー・・・KAМEの翼プロジェクトの10年・・・
その10年の間に恵をプラスして、成長を見届けよう。
そんな思いをこめて果樹を植えた。
そうそう、ここに滞在する三人には、渋垂氏のやさしさがプラスされた。
きゅうり、トマト、ピーマン・・・夏野菜を植えた。
自炊の足しになりますようにと♪
高橋さん、土井さん、大塚さん、我々の思いを受けとって、いい作品を作ってくださいね!
アゴラの裏山への道
入り口付近
ムクゲとミソハギ
へメロカリス
ネクタリン、奥にはイチジク、プラム
トマト、ピーマン
バジル、きゅうり
ps: Аgoraの子供達も、彩を添えた!
新潟の震災の時に日比野克彦さんが「あさがおプロジェクト」をやった。
その朝顔の種を、子供達が、Аgoraの庭のあっちこっちに植えた。
プレイベント中に、そのあさがおが見れますように♪
terada
関連サイト
Аgora 子ども美術工場 http://web.thn.jp/agora/
2011年7月18日月曜日
2011年7月16日土曜日
プレイベントへ向けて 6月26日〜 / 京都ー女川-掛川Agora
6月26日(日)京都、高橋さんのアトリエに土井さん、大塚さんのプレ展参加のメンバーが集まり、”KAMEの翼”夏のプレイベントにについて話をしたらしい、、夏のアゴラでどんな試みを考えてくれたのか、、たいへん楽しみですね。アゴラではいろいろ準備して皆さんを待っていますよ。
“KAMEの翼”プロジェクト
“KAMEの翼”プロジェクトは若者の羽ばたきを支援するシステムを確立する10年プロジェクトです。2010年から1年ごとに、中原浩大氏(アーティスト)、日比野克彦氏(アーティスト)の選考で2名の創造する若者を選びます。次の時代を次の時代を創る彼らが思い描いているものを思い切り試す機会と制作費の援助をしていきます。2020年までに1000人の大人たちが10人の若い創造者の羽ばたきを支え、サポーター自らの思いも形にするプロジェクトです。サポーターである一人一人の小さな思いとエネルギーがゆっくりつなぎあい、その1000人の思いとエネルギーで新たな時代を創る若者達と連動していきます。
この日は、女川で第一保育所の梁取先生、遠藤先生のお話をお聞きしていました。
仮設への移行、8年計画の復興計画案など個人個人へのしかかるさまざまな問題が新たに生まれています。女川の豊かな自然の恵み、その中で生き生きと保育をなさっていたお二人のお話は魅力に満ちていました。そして震災の生々しい状況を淡々と語る梁取先生、遠藤先生、何もかもを失いながら凛と話すお二人に圧倒されていました。
仮設への移行、8年計画の復興計画案など個人個人へのしかかるさまざまな問題が新たに生まれています。女川の豊かな自然の恵み、その中で生き生きと保育をなさっていたお二人のお話は魅力に満ちていました。そして震災の生々しい状況を淡々と語る梁取先生、遠藤先生、何もかもを失いながら凛と話すお二人に圧倒されていました。
6/27~28
カメパオは下部の部屋のサイドに細長く置き、子ども達が”カメパオ”と呼び遊んでいた。それは,カメパオが生まれる前くるみ幼稚園でこども達が作ったカメパオを思い浮かべた、子ども達は5月に設置したカメパオを見ていないであろうからこれがカメパオです。ダンボールの空間、連結したダンボールのつぶれて出来た隙間、どこも無駄にせず、自分たちの居場所にしています、スポッツと心地よさそうにその空間にはまって本を読んだり、おもちゃで遊んだり、人形を抱えていたり、ごろんと寝そべって横になる。心地よさをちゃんと子ども達は知ってるようです。このカメパオを持ち込んだT先生は、カメパオを作った我々の思いをちゃんと受け取ってくれ、女川のカメパオのカメパオ使いになっていました。カメパオは被災地女川で生きていました、カメパオとの再会は何とも言えない感激でした。子ども達がカメパオの中で穏やかにいました。リフォーム用のカラーガムテープやひも類をT先生にお渡ししてきました。
(shibutare )
(shibutare )
“KAMEの翼”プロジェクト
カメの翼プロジェクトでは、時代を創造する、若者の羽ばたきを支援するシステムをつくり、プロフェッショナルな世界へ羽ばたいていく若者に、自分が思い描いていることを、思い切り試す機会と実験場(環境)を提供します。
今、あまりにも速すぎる時代の変化に息切れし、失いつつある、“ゆったりと生きる実感”を取り戻すプロジェクトでもあります。小さな事でも、どんなに時間がかかっても、一つ一つを大切に、ゆっくりと自分の思いを実現していく“誕生-成長-羽ばたき-一生”を見据えたプロジェクトにしていきます。
“KAMEの翼”プレイベント
7月30日(土)9:00〜8月1日(月)9:00 Agoraキャンプ
8月1日 (月)〜8月28日(日)Agoraアトリエ滞在制作
8月12日(金)〜8月28日(日)原田俊太郎"GoldenSlumbers"女川・石巻の100日後11:00~19:00ギャラリー
8月13日(土)高橋、土井、大塚、原田の公開フリートーキング13:00~15:00(定員50名)
8月14日(日)サポーター・制作者交流会/"テラコッタ制作会10:00~16:00
9月1日 (木)〜9月30日(金)作品展示 11:00~ Agoraギャラリー
プレイベント参加者
プレイベントは、Agoraの子ども達とゆかりのある若い制作者,土井由紀子氏、大塚朝子氏の二人と、夢のたねプロジェクトを展開している光のアーティスト高橋匡太氏の参加で行います。どんな制作を展開してくれるか楽しみです。プレイベントは、7/30~8/1のAgoraキャンプに参加し、その後、Agoraのアトリエで滞在制作を開始します。制作期間は1ヶ月とし、9/1~9/30までのあいだAgoraに併設されたギャラリーで滞在期間のドキュメント発表ならびに制作物や資料などの展示を開催します。展示終了後には、プレイベントの記録集も発行します。なお、プレイベントでは参加者のフリートーキング(8/13)も行います。これには、翼メンバーで東北石巻、女川の被災地に入り、1ヶ月以上にわたりボランティア活動をした、KAMEの翼メンバーでロボット工学を学ぶ若者、原田俊太郎もフリートーキングに加わります。そして、8/12~8/28の期間中、原田が現地で撮影した写真5000枚の中からレポートと合わせた展示を行います。
プレイベント参加者コメント
高橋匡太Takahasi Kyota/1970年京都生まれ
まだカメパオもこの世になかった頃の話。僕の背中に「KAMEの翼」が生えた
のは僕がまだ学生だった頃、渋垂さんや浩大さんと一緒に、発電機背負って8ミリ映写機を手に、町のあちこちに自作アニメを写しながら、夜の島田の街をぶらぶら移動映画会した、18年前(!!)の夏でした。思い切り試させてもらって、一緒にみんなで楽しんだ。何かをつかんだその実感が、その後の僕の活動を支えているといったら大袈裟だけど、いつも大事な時に「あの夏」を思い出します。さーて、こんどは一緒に何をしようかな?
大塚朝子Otsuka Asako/1984兵庫県生まれ
私がAgoraに行ったのはこれまでに2回か3回です。なのになんだか懐かしくなるから不思議です。
工作が大好きで、一人で意味不明のもの(自分にしか意味がわからない類いのもの)を作っていた自分の幼少期を思い出すからだと思います。
今回、私はAgoraでの8月で
- 「粘土」で作る作品
- 「しかけ」を使う作品
を作ろう!という2つの大まかな事しか決めていません。
Agoraという作ることへのきっかけや、考える時間が潤沢に転がっている場所で滞在・制作できることはとても贅沢な事だなぁ、と感じています。 どんな作品ができるのか、どんな会話が交わされるのか、、わくわくしています!
土井由紀子Doi Yukiko/1981京都府生まれ
私は、大学を出てからはこども相手の仕事をしてきました。その間、私自身の制作はストップしていました。それまでを思い返すと、日々暮らす中で、あぁ、これは忘れたくないな、これからも持ち続けてゆきたいな、というものが手持ちの袋の中にたまった時、それを形にしてきました。この間に袋の中にたまってきた小さなかけらを一度見つめ直し、今回の制作にあたりたいと思います。この機会をありがとうございます。
広報!
‘KAМEの翼‘プロジェクトは動き出した!
2011.7.12掛川市役所の記者クラブで、広報活動を行う。
参加してくださった新聞社は、朝日新聞、中日新聞、毎日新聞、読売新聞、静岡新聞、NHK、朝日テレビの方。
発起人の渋垂氏が、この夏行うプレイベントの広報を行う。
そして、同時に東北・女川での我々の活動についても話す。
15年前に掛川市で‘緊急の居場所ーcopyー‘でカメパオを作成し、その取材にこられていた記者が懐かしく、あの当時の話を切り出した。
また、この‘KAМEの翼‘プロジェクトに関与している中原浩大氏や日比野克彦氏の話が出た。
彼らとは、20年前になるだろうか・・・静岡県島田市での‘紙わざ大賞展‘という企画の時にいっしょに活動した。
製紙工場が隣接する島田市で、紙を使うアーティストが製紙工場の現状を目の当たりにし、紙と向き合う・・・
紙が出来る工程を目の当たりにする=環境汚染の問題も含め、アーティストは紙と向き合って、作品を作る。
そんな企画展‘紙わざ大賞展‘を企画するは、この‘KAМEの翼プロジェクト‘の発起者の渋垂氏であった。
そんな話になって、各新聞記者は、「あ~、あれ、紙わざの・・・!」とあの頃を思い出したようだった。
今も、島田市では‘紙わざ‘は継続されている。
あの当時の渋垂氏は、今、静岡県掛川市千羽の里山にあるAgora子ども美術工場で、‘KAМEの翼‘プロジェクトをはじめた!
Аgora 子ども美術工場は、16年前の阪神淡路大震災の2年後に作られた。
震災後すぐに、‘緊急の居場所ーcopyー‘で、震災を目の当たりにした渋垂氏は、本気で緊急時に我々は何ができ、何をすべきかを問いかけた。同時に中原浩大氏と黄瀬剛氏といっしょにカメパオをつくった。
そして緊急時以外にも子供達の居場所つくりの必要性を感じてАgoraをつくった。
Аgoraでは、10年間カメパオを設置し、子供達の遊ぶ様子を観察した。
その長い年月の間子供達とカメパオ、そして14年間のAgora での子供の様子を見て‘KAМEの翼‘が生まれた。
今回の東日本大震災の時も、渋垂氏は、阪神淡路大震災の時となんら変わらない。
社会の問題点を大人たちに投げかけ、ひとりひとりが思考する。
そして子供達ひとりひとりに向き合い尊重する。
東北でも神戸でも、静岡でも・・・何処でも。
今動き出した‘KAМEの翼‘プロジェクトは、一貫した思いが形化したものである。
今後の‘KAМEの翼‘プロジェクトの活動を見続けていってほしい。
ただいま、全国に発送手配中!
terada
絵本のようなリーフレット。
Аgora子ども美術工場はこの絵のようなところ。
夏のキャンプ(今年は、7/30~8/1)の様子。
![]()
プレイベントの開催についてのチラシも完成し、同時発送しています!
2011.7.12掛川市役所の記者クラブで、広報活動を行う。
参加してくださった新聞社は、朝日新聞、中日新聞、毎日新聞、読売新聞、静岡新聞、NHK、朝日テレビの方。
発起人の渋垂氏が、この夏行うプレイベントの広報を行う。
そして、同時に東北・女川での我々の活動についても話す。
15年前に掛川市で‘緊急の居場所ーcopyー‘でカメパオを作成し、その取材にこられていた記者が懐かしく、あの当時の話を切り出した。
また、この‘KAМEの翼‘プロジェクトに関与している中原浩大氏や日比野克彦氏の話が出た。
彼らとは、20年前になるだろうか・・・静岡県島田市での‘紙わざ大賞展‘という企画の時にいっしょに活動した。
製紙工場が隣接する島田市で、紙を使うアーティストが製紙工場の現状を目の当たりにし、紙と向き合う・・・
紙が出来る工程を目の当たりにする=環境汚染の問題も含め、アーティストは紙と向き合って、作品を作る。
そんな企画展‘紙わざ大賞展‘を企画するは、この‘KAМEの翼プロジェクト‘の発起者の渋垂氏であった。
そんな話になって、各新聞記者は、「あ~、あれ、紙わざの・・・!」とあの頃を思い出したようだった。
今も、島田市では‘紙わざ‘は継続されている。
あの当時の渋垂氏は、今、静岡県掛川市千羽の里山にあるAgora子ども美術工場で、‘KAМEの翼‘プロジェクトをはじめた!
Аgora 子ども美術工場は、16年前の阪神淡路大震災の2年後に作られた。
震災後すぐに、‘緊急の居場所ーcopyー‘で、震災を目の当たりにした渋垂氏は、本気で緊急時に我々は何ができ、何をすべきかを問いかけた。同時に中原浩大氏と黄瀬剛氏といっしょにカメパオをつくった。
そして緊急時以外にも子供達の居場所つくりの必要性を感じてАgoraをつくった。
Аgoraでは、10年間カメパオを設置し、子供達の遊ぶ様子を観察した。
その長い年月の間子供達とカメパオ、そして14年間のAgora での子供の様子を見て‘KAМEの翼‘が生まれた。
今回の東日本大震災の時も、渋垂氏は、阪神淡路大震災の時となんら変わらない。
社会の問題点を大人たちに投げかけ、ひとりひとりが思考する。
そして子供達ひとりひとりに向き合い尊重する。
東北でも神戸でも、静岡でも・・・何処でも。
今動き出した‘KAМEの翼‘プロジェクトは、一貫した思いが形化したものである。
今後の‘KAМEの翼‘プロジェクトの活動を見続けていってほしい。
ただいま、全国に発送手配中!
terada
絵本のようなリーフレット。
Аgora子ども美術工場はこの絵のようなところ。
夏のキャンプ(今年は、7/30~8/1)の様子。
Аgoraを卒業した子はまた帰り、そして、Аgora卒業生だけにとどまらず、若者、子供達はここを活用する♪
KAМEの翼新聞 1号完成!今回は付録付き。震災特集号。プレイベントの開催についてのチラシも完成し、同時発送しています!
2011年7月9日土曜日
三度目の女川
クリスタルのストラップ
女川第四保育所
色水実験
子供達は食い入るように見入る
壊れてもこの空間は楽しい♪
6月26日~28日、我々は女川町立第一保育所と第四保育所を訪れた。
今回は顔の見えた保母さんたちに、メンバーそれぞれの思いをもって訊ねた。
避難所で凛として避難所運営をされている保母さんたちも、この震災で家も車そして大事な方を失った。
その方々への思いに少しでも寄り添えるようにと、私寺田はテラコッタのお地蔵様を20体作った。
そのお地蔵様を1日かけてゆっくりと焼き上げるは、渋垂氏。
それを1体1体丁寧に包装し、手紙を添えて渡した。
そして全壊のときに撮影した避難所の皆様の笑顔の写真を400枚、アルバムにした。
失った写真の代わりに、今から復興への歴史をつくってほしいと願って・・・。
またメンバーの木村さんは、手作りのクリスタルのストラップを30個作り、メッセージを添え、女川に行くメンバーに託した。
渋垂氏は、第四保育所で、子供達にいろ水実験を試みた。
子供達は絵の具と水の混ざり合う時の面白さや色の変化を食い入るように眺めて、とびっきりの好奇心いっぱいの笑顔を見せた。
保母さんたちも子供の生き生きした表情に感嘆した。
年中さんの部屋には、カメパオが設置してあった。
カメパオは上下分離した状態だったが、どの子もダンボールの空間にすっぽりとはまり、心地よさそうに本を読んだり、ままごと遊びをしたり、好きな人形を抱いて眠る子・・・楽しそうに遊んでいた。
子供達は「カメパオで遊ぶ!カメパオ楽しい!」と口々に叫んでいた。
カメパオが子供達の居場所つくりにしっかりと根付いているようだった。
カメパオを5月に設置し、そのときいっしょに作った保母さんが、次の日には避難所で、物資の入っていた段ボール箱を寄せ集め、小さなカメパオを作った。
そして避難所でたくさん小子供達に遊ばれた。
その保母さんはここでもちゃんとカメパオ使いとして、子供達の心地いい居場所を作り出している。
そんな様子を再び写真に収め、女川の方々とまたゆっくり話を交わした。
「もし道端に倒れている人がいたなら、人としてまず手を差し出すだろう」
我々はこの言葉のように、純粋に被災地の方へ心を寄せ、次の未来へと共に歩んで生きたいと思っている。
記事:寺田
関連サイト:
KAМEの翼メンバーのブログ・・・「ゆるりんのポレポレ日記」
2011年6月28日火曜日
“KAMEの翼”プロジェクト・プレイベント2011
この夏に開催する“KAMEの翼”プロジェクト・プレイベント2011のフライヤーを入稿しました。7月3日に納品予定です。
プレイベントでは高橋さん、土井さん、大塚さんの制作・展示をはじめ、プロジェクトメンバーである原田くんの東北被災地のレポート発表など、充実した内容になりそうです。
サポーター同士の交流会も企画しています。
まだお互いに面識のないサポーターとの出会いも楽しみです。
nagi
2011年6月27日月曜日
プロジェクトメンバー石巻・女川へ -5
| 現在の女川町中心部 |
私原田は,今月19日まで,東日本大震災で甚大な被害が出た宮城県石巻市および女川町で活動してきました.今は静岡に帰っておりますが,これからも時間を見つけて行こうと思っています.
前回に引き続き,東日本大震災の被災地である宮城県石巻市・女川町での活動についてレポートします.
●カメパオプロジェクトの女川での活動
・女川町立第四保育所の入所式
| 入所式の様子 |
6月12日(日)
この日,女川の保育所に,およそ3ヶ月ぶりに子ども達の声が響いた.
この保育所は,3月14日に我々がカメパオを設置した場所.
女川町には4つの保育所があったが,津波で流されてしまったり,避難所になっているなどしているため,現時点で再開できるのはこの第四保育所のみ.それでも,職員さん達の必死の努力で再開にこぎつけた.
女川町には,場所が少ないため,避難所や仮設住宅が町外になってしまっている方も多くすべての子ども達が戻ってくるわけではない.今回の再会では合計100名ほどの子ども達が集まった.
入所式では,保育所の歌を皆で歌ったり,先生方によるお楽しみ会が開かれたりなどした.保護者の方々も含め皆が笑顔でとても暖かい雰囲気だった.子ども達はとても落ち着いた様子で,見ている限りではこの3ヶ月のいろいろな出来事の影響はほとんど無いのでは,と思えるほどだった.
先生方は,今まで役場の職員として避難所の運営などにあたってきたが,これでようやく本来の仕事に戻ることが出来る.子ども達も,これまでは始終避難所にいなければならなく,友達と遊ぶこともなかなか出来なかったが,これからは保育所で思う存分友達や先生と一緒に遊ぶことが出来る.保護者の方々も,お子さんのこと心配せずに仕事に行くことが出来る.
まだまだ,復興への道のりは長いが,これは大きな一歩だと思う.
| 久しぶりの第四保育所 |
・カメパオの様子
入所式から数日後.
実は,カメパオは入所式の場所確保のため一時解体されて保管されていた.カメパオの再建に向けてカメパオがどのような状態なのか見せてもらいに再び第四保育所を訪れた.
カメパオは既に,保育所の子ども達の部屋に戻されていたが,まだ組み立てられてはいなかった.先生方に話を聞けば,以外に場所が少なくカメパオを再び組み立てられずにいるということだった.
最初にカメパオを組み立てた場所であるホールは,昼過ぎには,昼寝の場所になる.ちょうど私が訪れたときは昼寝の時間だったのだが,子ども達はホールだけでは入りきらず隣の部屋も使用してようやく全員が寝られるような状態で確かに場所が少ない.
そのため,カメパオは解体されたままの状態(上部と下部を分け,さらに下部をいくつかに分解した状態)で子ども達の遊び場になっていた.この状態であれば,使用しないときは積み上げて保管することができるため場所は少なくて済む.
実際に子ども達が遊ぶ様子を見ることは出来なかったが,子ども達はそれぞれ箱の中に入り,その中でままごとなどの遊びをしたり,箱にすっぽりと収まってそこでじっとしていたりなど思い思いに遊んでいるという.
この状態でもそれなりに子ども達には人気で楽しんでくれているようだが,せっかくのカメパオなのでもう少し立体的な形状にして,子ども達が中で遊べるような状態にはしたいという話だった.
今度メンバーが訪れるときには違うアレンジが出来るように,何かプランを考えるという事で保育所を後にした.
・勤労青少年センターのカメパオ
前回まで数回にわたりレポートした女川町役場勤労青少年センターのカメパオの様子も聞きに言った.
しかし,聞きに言ったときは既にカメパオは無くなってしまっていた.やはり,材料にしたダンボール箱が弱く,箱が潰れ,修復不可能な状態になってしまい処分されてしまったそうだ.
ここの子ども達は,ずいぶんカメパオを気に入ってくれていた様子だったのでとても残念だが,潰れてしまったということはそれだけ遊び尽くしてくれたということなので,ここにカメパオができたことはとても良いことだったと思う.
harada
2011年6月12日日曜日
プロジェクトメンバー石巻・女川へ -4
前回に引き続き,東日本大震災の被災地である石巻市・女川町での活動についてレポートします.
●カメパオプロジェクトの女川での活動
5月29日 カメパオ次男の成長
カメパオ次男は,女川の保育所の保育士さんたちが,支援物資の箱を使って独自に作り上げたカメパオ. カメパオ次男は,女川町立第一保育所の迎えにある女川町役場勤労青少年センターの体育館に設置されている.基本的には,青少年センターで避難生活をしている子ども達(幼児から中学生まで7・8人程度)のみが遊ぶことが出来る.
前回訪れてからおよそ1週間.カメパオ次男の様子を見てきた.
青少年センターの体育館は,照明等が余震で落ちてくる恐れがあるため避難所として使用されていない.そのため,子ども達だけで体育館に入り遊ぶことは禁止されている.子ども達がカメパオで遊ぶためには,避難所に常駐している保育士さんかほかの大人が同伴していなければいけない.しかし,保育士さん達を始め,大人達は土日でもそれぞれやることが多くなかなか子ども達はカメパオで遊ぶことができないようだった.
| 勝手には遊べない |
今回は,私原田と,私が石巻・女川で行動を共にしている渡辺さんの2人で訪問した.私たちが一緒であれば,子ども達にカメパオで遊んでもらうことができるということだったので,子ども達と一緒にカメパオで遊んできた.この日は,小学生3人と中学生2人が青少年センターにいた.
私たちがいることで,子ども達は安心して遊べるようで,ずいぶん楽しんでもらえたように思う.結局3時間ほど青少年センターに滞在しカメパオで子ども達と交流してきた.
前回,できたての時点でかなり損傷が激しかったため,今回は工作用紙,大量のガムテープ,マジックなど修復の道具を用意して行った.
「いっしょにカメパオを直してね」というと,子ども達は積極的にガムテープや工作用紙を手に取り,破れた箇所の修復を行ってくれた.そして修復が大体済むと,カメパオの改造が始まった.5角形に空いた窓にドアを付けたり,上部の天窓にフタを設置したり,煙突のようなものを作ったり,思い思いに絵を描いたり少ない時間ではあったが,カメパオの様子はずいぶん変わった.
| 天井に窓を付ける |
| 天窓完成 |
| これが入り口のドア |
| ますます大人は入りにくく・・・ |
| 煙突 |
子ども達が,どんどん新しい事を考え,「これはないのー?」「ガムテープはもうないの?」と次々と言ってくるのでこちらもとても楽しかった.これからもカメパオを通じて,子ども達と交流できればと思う.
避難所では,カメの翼プロジェクト,カメパオプロジェクトの我々だけでなく本当にたくさんの団体がいろいろなネタを持って,それこそ連日のようにやってくる.私が見たものを挙げると「折り紙教室」「科学実験教室」「読み聞かせ会」「歌の教室」「音楽教室」「フーセンアート」「タオルを使った人形作り」「シャボン玉教室」「生け花教室」などなど本当にたくさんの人々がやってきてそれぞれのことをやっていく.
どれも,とても魅力的で実際やってみれば楽しいし気はまぎれるが,もっと自由に子ども達が絵を描いたり,工作できたりするようなものがあればそれもとても良いのではと,今回カメパオで遊ぶ子ども達を見て思った.
マニュアルがあるわけではなく,手順があるわけでもなく,完成形が決まっているわけでもない自由な創造.それを私の達のような者たちが材料やアイデアの提供などで少しだけ手助けしてあげれば子ども達は本当に心から楽しんでくれるように感じた.
子ども達の遊び場が,避難所や仮設住宅になっていってしまっているここでは,そのような支援をしてあげることもとても良いかもしれない.
harada
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