2012年7月5日木曜日

KAMEの翼プロジェクト始動!

中日新聞に掲載!
読売新聞に掲載!


選考された加藤元さんと大見明子さん  4/18アゴラにて


KAMEの翼プロジェクトの滞在制作の若者二人が決まった!選考は京都市立芸術大学の中原浩大氏と東京芸術大学の日比野克彦氏による。その若者は、京都芸大大学院卒の加藤元さんと東京芸大院卒の大見明子さんのお二人。その選考にあたって日比野克彦氏と中原浩大氏からの推薦された経緯をここに記載する。


大見明子さんへの日比野克彦氏からの推薦コメント
 アニメーション作家である大見さんがカメの翼でどのようなアニメーションをつくるのか?もしくは作品の発想をえるのかは大変楽しみである。
カメの翼は、なにやら不思議な時間が流れている。どこにでもある地方とはちょっと違う。都会と田舎という二極化的な色分けでは当てはまらない。ねじれているというのか、遊離しているというのか、それはまるでアニメーションの中のようだ、というと言い過ぎなので、というかそれでは世間はディズニーランドを想像してしまうので・・アニメーションの中ではなくって、アニメーションの裏木戸のカギが壊れて、パタンパタンといっている感じの場所である。そんなところで大見さんが一か月余りを過ごすと、さてさてどのような主人公が彼女の頭の中に棲み始めるのやら・・・。(日比野克彦)

加藤元さんの中原浩大氏からの推薦コメント
推薦にあたっては、少し変わったやり方をとらせていただきました。今回のようなケースには、「自然な成り行き」がとても大切だと考えたからです。
私が行なったのは、誰にとは決めないで、この辺りでつぶやいてみようかなと思いつくままに、こんな条件のこんな話があるけど気になったら実際に行ってみるかい?ということをやんわりと伝えるということです。私の行動範囲はごく限られています。ですからごく偏った伝わり方をしていったと思います。公募というような公平なものとはほど遠いやり方です。そして、推薦の結論としては、名乗りを上げた者勝ち、既成事実化した者勝ちにしようと考えました。推薦というにはあまりに無責任な放り出し方だと思います。結局、私がしたことのすべては、つぶやくときの「この辺り」を勘を働かせて決めることだけでした。
私の話を聞いた何人かは、反応することもなくそこで聞き流したでしょう。何人かは反応して実際にアゴラに出かけてみたでしょう。何人かは反応してその話を別な誰かにしたでしょう。そして、その話を聞いた何人かは反応して行動に移したでしょう。
実際にアゴラを訪れてみて、ある人は何も感じることなく通り過ぎたでしょう。ある人は兆しを見つけるかもしれません。ある人はもやもやとしたまま何度となく足を運んでみるかもしれません。そして、「自然な成り行き」で、誰かが名乗りを上げるだろうと期待していました。それが兆しを見つけた人でもいいし、まだ何も見つからないままに何度も足を運んだ人でもいい。加藤さん(夫妻)が立っているのは、そういう地点だと思います。   
加藤さんが、興味を抱いたという事実、それを行動に移したという事実、名乗りを上げたという事実、それらが、改めて語るまでもなく彼の人となりや意志を表明していると考えます。でも、ひょっとして、こうしている間にも別な誰かが彼ら以上に「自然な成り行き」で居場所を見つけて、事実上の立場が入れ替わってしまうかもしれないとすれば、それもありなんじゃないでしょうか。    (中原浩大)

  加藤元  
1975年兵庫県生まれ  2009年京都市立芸術大学大学院 美術研究科彫刻専攻 修了
アゴラとの出会いは昨年プレイベントに参加していた大塚さんがきっかけでした。
彼女から色々と話を聞いた上で「一度この目で見てみよう」と思いました。昨年十二月、初めてアゴラを訪ねました。渋垂さんからアゴラについての話を聞きアゴラを見学するなかで、複雑な高揚感を感じたのを覚えています。ここに集う子供達や大人達とのかかわり合いの中で感じることや、普段生活している住み慣れた環境ではなく、勝手の知らない少し不便な環境のなかでどう反応出来るかを楽しみたいと思います。一ヶ月、アゴラでの生活の成り行きに身を委ね、自分の直感に従いたいと思います。 (加藤元)
大見明子
1977年 奈良県生まれ
2010年 東京藝術大学大学院 映像研究科アニメーション専攻 修了
アゴラには去年の十二月に初めて行きました。訪れると子供たちが居て、なにやらああだこうだ言いながら、無邪気に何かを作っています。ルールは無く、子供たちが作ってみたい、試してみたいと思うものを時間をかけて思い切り作るのだと渋垂さんはおっしゃいました。私のこれまでの作品制作は、決まった機材と決まった手法、決まった場所でのみ作ってきました。生活の場所を変えて作品を作ることでどうなるのか、今の自分にはまったくわかりません。だけど、今までの少ない経験とか考えは一旦脇に置いといて、自分に何ができるのか考え始めています。緊張して固くなってしまった身体をほぐすように、ここアゴラでは思いついたこと、感じたこと、やってみたいと思うことを、ただただ素直に試してみたいと思っています。(大見明子)

 カメの翼プロジェクトが動く!       
 加藤さんと大見さんは、また四月十八・十九日にアゴラ子ども美術工場にやってきた。そして今回の滞在制作に向けて、積極的にアゴラ周辺の様子を取材した。お二人は、夏に向けて想像を膨らませたことだろう。
 この選考にあたって、情報を得た何人かの若者は、このアゴラにやってきて、表現する場所を得たいと思った事だろう。その中で、加藤さんや大見さんが選ばれた事、それは、彼らの積極性かもしれない。彼らは、二十代、それぞれがイギリスで表現を学んだそうだ。そして異国の土地で何かを感じ、その後偶然二人は、神戸にあるCAPという場所に行き来する。「芸術と計画会議」いろんな意識ある芸術家が集まり、話し合う。そんな場所で、それぞれが自分たちの表現と社会の中での存在を試行錯誤していたのだろう。そしてこのKAMEの翼プロジェクトを知り、行動する。四月に来た加藤さん、大見さんは、アゴラの子どもたちへ興味を示し、アゴラがある里山に興奮した。草にいた虫に興味津々だった大見さんやお茶畑を見ておもむろにカメラを向ける加藤さんの様子を見て、彼らはこの里山の息づいている空気をちゃんと感じているんだと思った。何より、彼らがこれから始まる事に対してワクワクしていると言った言葉に、私たちもちゃんと支えようと言う意思を持った訳である。


4月19日アゴラ近隣取材の二人とアゴラの渋垂先生

by terada










2012年6月13日水曜日

2012年KAMEの翼プロジェクト始動!記者発表!


6月13日(水)PM10:00静岡県掛川市市役所にて、第一回KAMEの翼プロジェクトの記者発表を行った。
中日新聞、朝日新聞、読売新聞、静岡新聞、毎日新聞の記者の方々が来られた。
第一回KAMEの翼プロジェクトに選考された若者の発表、今までのKAMEの翼の活動報告、今年のKAMEの翼プロジェクトの活動内容等を伝える。

第一回KAMEの翼プロジェクト
選考者:加藤元(京都芸大教授・中原浩大氏推薦)
    大見明子(東京芸大教授・日比野克彦氏推薦)
2012年7月28日〜7月30日のアゴラ子ども美術工場主宰のキャンプからアゴラ(静岡県掛川市千羽)に一ヶ月間滞在し、制作活動される。
2012年8月11日は、加藤元さんと大見明子さんを交えてのフリートーキング。
KAMEの翼プロジェクトは、子供たちや若者をサポートしてくださる日本中の大人個人個人の資金で運営しています。
今年選考された加藤元さん、大見明子さんのこれからの羽ばたきをぜひ応援してください。
どうか一人でも多くの方にKAMEの翼プロジェクトの趣旨に賛同していただき、資金サポートをお願いいたします。
またKAMEの翼プロジェクトは、日本中の子供へのサポートも担っています。
その事はKAMEの翼新聞とこのブログ等でお知らせしておりますので、見ていただけたら幸いです。


KAMEの翼プロジェクトはアゴラ子ども美術工場を拠点としております。
阪神淡路大震災後、アゴラ主宰の美術家の渋垂秀夫氏が社会における子供の居場所の必要性を感じ、里山にアゴラという子供の居場所を作りました。
そして15年が経ちました。ゆっくりじっくり自然の中で造形活動をしながら子供たちと向き合ってきました。
しかし社会は、阪神淡路大震災の頃以上に窮屈になってきています。デジタル化がどんどん進み、子供たちはアナログの世界からバーチャルな世界へどんどん入り込んでいきました。実際に体感する事と画面での体感の差さえわからなくなています。
子供たちはそういう世界に入ってしまって創造や想像する事ができなくなってきたように思うのです。
そして競争社会は子供たちに発破をかけてきます。マーケティングが教育の中にどっぷり入り込んでしまいました。
秀でる事、利潤を生む事が大事であると大人はいつしか子供に教えています。
表現する世界にもそういう物が入り込んできました。
この社会の中で、子供たちや巣立つ若者は今どんな状況に置かれているのだろうと想像してください。
もっと純粋に自分を表現する事・・・もっと自分を大事にする事・・・その事が今そしてこれからの社会には最も大事な事だと思います。
東日本大震災で原発事故の惨事・・・命より経済・・・そんな社会の仕組みの中で本当に子供たちは生き生きとしていられるのでしょうか?
その事を今一度思考してください。
それがKAMEの翼プロジェクトの趣旨でもあります。
KAMEの翼プロジェクトでの若者へのサポートは、今のこの社会をちゃんと思考した大人がこれから子供たちや若者へ思いを受け渡す儀式ともいえます。
ぜひともこのKAMEの翼プロジェクトにご協力お願いします。

〜お願い〜
KAMEの翼プロジェクトは、若者の羽ばたきを支援する10年プロジェクトです。
静岡、東京、京都、沖縄、滋賀その他各地の「KAMEの翼」を窓口に、1000人のサポーターを集めています。
プロジェクトメンバーと共にご協力をお願いします。
一口10000円 or 一口5000円の資金サポートをお願いします。
(一口10000円というと大きな金額ですが、この10000円はつまり10年間を通して年間1000円のサポートしていただくという意味であります。ですからその趣旨をご理解くださいますように。)一年1000円を10年間サポートしてくださる大人が1000人集まれば、若者に大きな夢と希望を提供できます。その夢に是非とも賛同してください!


郵便振込にてお願いします。
口座0890−8−127927  KAMEの翼プロジェクト まで
もしくはKAMEの翼プロジェクトの事務局に振り込み用紙がございますので、お連絡ください。


KAMEの翼新聞をご希望の方は、KAMEの翼プロジェクト事務局のアゴラ子ども美術工場へお連絡下さい。 (℡:0537−27−1428)

記事 terada



2012年6月8日金曜日

いよいよ第一回KAMEの翼プロジェクト始動!

KAMEの翼プロジェクトのメンバー会議随時やっています〜!

いよいよ第一回KAMEの翼プロジェクトが動き出す。
5月より二週間に一度静岡メンバーは集まり、会議。
東京芸大の日比野克彦氏と京都芸大の中原浩大氏から選考された二人が決まった!
そのお二人は・・・?
その発表は、6月13日掛川市の記者クラブで発表する。
KAMEの翼では、既にサポーターの皆様には、KAMEの翼新聞(5号)でそのお二人のことを伝えた。
大変好奇心旺盛なお二人である。
今年のイベントは7月28日から7月30日のアゴラキャンプから始まる。
そして途中にフリートーキングとサポーター交流会を行う予定。
その日時は、8月11日、12日。
今年は、去年よりも多数の方にフリートーキングに参加してもらいたい!
また今年は、アゴラでは裏山の山の再生を始めている。
その発端は、原発事故がきっかけである。
自然の循環を無視した人間のエネルギー対策、科学の発展が、今私たちの命をも危険にさらしている。
東日本大震災から一年経って、世の中は元通りになったかのようにマスコミからは被災地の状況は流れない。福島第一原子力発電所の事故の収束宣言を野田総理が既に出している。・・・がしかし、現状は、未だに被曝しながら原発で働く労働者がいる。福島の線量はまだまだ高く、除染の効果も出ているのかどうか・・、その土の始末すらできていない。いや・・できないのである。福島の方々はいつ故郷に帰れるのであるか?
その事を思い、自然を意識する事が原発を意識する事であると思った。そして福島の桃源郷を作ろうとも思った。
山の再生は私たちはフクシマ後をどう生きるか?という意思表示である。
子供たちと始めたドングリ作戦。そして福島の桃源郷の再生を〜。
サポーター交流会はそんな事に今年は意識していきたいと考えている。
ぜひとも今後のKAMEの翼プロジェクトの動きにご注目いただきたい!

*選考されたお二人の事は、6月13日に載せます!お楽しみに♩
*山の再生のことは詳しくは「里と湖のポレポレ時間〜」http://agorako.exblog.jp
にありますので見てください。




2012年4月21日土曜日

ご協力お願いします!


 桜の花びらも散り始め、そろそろ新緑の季節へと移り変わろうとしています。
さて皆様にはお変わりなくいかがお過ごしのこことでしょうか?
このKAMEの翼プロジェクトが発起いたしまして、二年目に入りました。
早々に今年夏に滞在制作される二人の若者が選ばれました。また新たな面白い若者の創造をまじかで感じられる事にワクワクしております。
このKAMEの翼プロジェクトは、創造する若者や子どもたちをサポートする事を趣旨として生まれました。そのように去年のプレイベントでは土井由紀子さんと大塚朝子さんが選ばれ、滞在制作をし、子どもたちとの交流も生まれ、たいへん迫力ある作品を生み出されました。また光のアーティストの高橋匡太さんは、何度となくアゴラに来て子どもたちに光のワークショップをしてくださいました。子どもたちは、創造する大人や若者の表現をまじかで見て、興奮冷めやまぬ状態でした。創造する事を失いつつある子どもたちの様子に明かりが灯ったような気がしました。
去年は、東日本大震災が起こり、日本中悲しみの渦に包まれました。私たちKAMEの翼プロジェクトのメンバーもそれぞれに思考し、行動しました。
津波被害に対し、被災地の女川・石巻に行きそこの人たちに関わりを持ちました。また今回の震災は、フクシマの原発事故で、人々に終わらない苦しみを与え続けています。その事に対しKAMEの翼プロジェクトは今年3月18日にフリージャーナリストの渡辺幸重氏の講演会「私たちはフクシマ後をどう生きるか」を開きました。アゴラの近隣の方に来ていただき、それぞれが原発事故後の私たちの生き方を見直した事と思います。
4月15日、浜岡原発がある御前崎市の市長選があり、石原氏が当選されました。早々に国から県に浜岡原発の立地に至る補助金が入ったと4月17日のNHKのニュースで報道されました。福井県では、大飯原発に対して国が早急なる再稼働にむけての安全宣言を出しました。国は本当に原発に対して真剣に捉えているのか?フクシマの出来事で学んでいるのか?疑問は膨れ上がるばかりです。この原発問題は、これからの成長していく子供たちを取り巻く大きな問題です。
私は40代ですが、原発問題に対し、無頓着でした。子供のとき授業で習ったり、大人に教えてもらったことは、原爆に対してはありましたが、原発に対しては無に等しかったと思います。今フクシマの事は、戦後広島・長崎の原発や第五福竜丸の被曝問題があったにもかかわらず、平和利用として同じ核を使う原発を容認し、学ばなかった日本の罪だと思います。そのような事を40にして改めて思考するこことなったのはどうしてか?・・・その事を思いますと、これは教育の誤りに至ります。
子供のときに怖いという感覚を大事にし、どう生きるかを大人が子供の前で語っていれば、子供はそれなりにものの見方、生き方、そして核の問題に対しても思考できたはずだと思います。
今日本は資本の原理に基づいて、利潤を生む事を大事にしています。そしてその原理に基づいて大人たちは生きてきました。原発は産業となり、危ないという概念を超え、人権を無視し利権と大きく結びついています。
経済発展を重視した日本のあり方が社会の仕組みを作りました。そしてその経済中心の教育が今の大人を作り、そして若者や子どもたちもがその教育の中で育っています。
その考えをもう一度考え直す時が来ていると思います。
学ばなかった大人がちゃんと思考し今を生きる。そしてちゃんと生きる大人が創造する若者や子供たちを支える。本来の人間としての優しさの循環する社会になれればいいのではないかと思います。
ちゃんと思考する大人が子供の巣立ちを見守り支える新しい社会の仕組み。利害と結びつかないフラットな社会。この日本にそんな優しい大人が点在しするネットワークがあればどうでしょうか?それがKAMEの翼プロジェクトのもうひとつの趣旨です。
KAMEの翼プロジェクトは、里山にあるアゴラを拠点としてちゃんと生きる事を思考し、話し合える場とその場で子供たちは育んで行きます。
このプロジェクトに一人でも多くの方がご賛同していただける事を願っております。未来の子供たちに私たちの意思を伝え守りましょう。

ぜひともKAMEの翼プロジェクトに
サポーターとして資金協力もお願いします!

このKAMEの翼プロジェクトは掛川のアゴラ子ども美術工場主宰の渋垂氏が発起人として、その考えに賛同した大人ひとりひとりが参加し運営している小さな非営利団体です。活動資金は皆様からのサポート資金と我々チームメンバーの個人の資金で成り立ております。(チームメンバーはサポーターでもあります)まだまだ団体としては小さく、活動理念をちゃんと持って活動しておりますが、資金の面で皆様の協力を必要としております。理念、趣旨にご賛同いただき、今後の運営を続けていくための資金提供を是非ご協力お願いいたします。
またお知り合いの方でご協力いただける方がいらっしゃいましたなら、ぜひともお伝えください。
このKAMEの翼プロジェクトは支え合う大人自らの発想を大事にし、広がりを持たせるものとしていますので、サポーターの皆様もぜひともアゴラに行き来していただき、活用してください。


KAMEの翼プロジェクト事務局  寺田
                        

2012年3月22日木曜日

渡辺幸重氏の講演~

3月18日(日)13:00~16:00、フリージャーナリストの渡辺幸重さんの講演会があった。
「私たちはフクシマ後をどう生きるか」

Аgora子ども美術工場にさまざまな人が集まった。
浜岡原発に近い御前崎市の人、無農薬栽培をしている人、お茶農家の人、地域医療を考えることをしている人、大江健三郎さんと反原発の集会で歌を歌ってきた人、新聞記者、学生、医師、看護師、主婦・・・・
渡辺さんの講演は、福島県広野町の写真を何枚か見せていただきながら進められた。
広野町は、福島第一原子力発電所から20キロ圏。
のどかな町だ。
その町には、事故後、住民はいなくなり、民宿、旅館はすべて原発作業員が寝泊りしている。
サッカーのメッカ、J ビレッジのサッカー観戦場は、原発作業員の単身寮が並ぶ。
パチンコ屋やスーパーの大型駐車場は、原発作業員の派遣業者が借りている駐車場となっていた。
渡辺さんが近くの旅館に泊まったけれど、サービスは悪く、寂れた状態。
朝ごはんは、干物にお味噌汁にご飯・・・そのご飯をたくさんの人が残していた・・・
どうしてだろう?放射能を気にしてか?食欲がないのか?・・・どうしてと疑問だけが残ったそうだ。
国のモデル事業として、除染作業を行っていたが、その取材は応じてくれなかったそうだ。
巨大なキャタピラがたくさん動く国のモデル事業。この大掛かりなモデル事業を他の自治体や個人ができるかどうか?...
水の除染もやっていたけれど、意味があるのかどうか・・・
20キロ圏の境で通行止めとなり、そこから中に入るには防護服が必要である。
朝早く何台ものバスに白い防護服を着た人たちが、20キロ圏内に入っていく。そして2~3時間してから防護服を脱いだ人たちが、またバスで帰ってくる。その光景が毎日続く。
単身寮の近くのごみ置き場には、家庭ごみの袋がいっぱいに山済みされていた。そのごみは燃せない。
人間が生活するということは、ごみを出すわけで、それに加え、放射能汚染のあるごみは、燃すこともできず、行き場をなくす。
この様子は広野町とは反対側の南相馬市も同じことがいえるそうで・・・
原発近隣の町は代替エネルギー、原発廃炉、内部被爆の研究施設をつくり、ここで生きていく手法を考えているようだが・・・原発事故のために、町のコミュニティーは崩れ去った、広野町、南相馬市、大熊町、双葉町・・・。
生活するには、コミュニティーの再生が大事だと渡辺さんは言う。しかしこのままでは、コミュニティーの再生は難しく、生き方を変えていく必要がある。原発労働者を犠牲にしてまで使うことの必要があるのか・・原発は。
今、フクシマ後ではなく、まだまだフクシマ中なのである。と・・・


その後それぞれの原発事故に対する思いや自己紹介をしながら交流を図る。
特に興味深い話は、浜岡原発の近くの御前崎市の方の話だった。
その方は、浜岡原発のことについていろんな方の話を聴き続けた方だった。2000人の方に・・・
ただ原発の体制は停止できないように話を持っていく体制になっている。どうせ・・・
いくら廃炉になっても核の危険性はぬぐえない。放射能の問題は事故が起きたから怖いのではなく、今だって動かし続けている間に微量の放射能はでている・・・それに浜岡は、活断層の上にあるので、もしあのような地震が起きたら逃げようがない・・・そんな風に悲観されていた。
確かに原発立地の町は、誘致の問題で潤っている町の有り様があり、なかなか住民もしくは市長、町長と電力会社とのつながりを断ち切れない関係性にあるようだ。原発反対の意思さえも多数決の重みに押され、個人の声を上げられない現状があるそうだ。原発事故前から、原発立地の市町村でも反対意見の人はいたわけだが、平和利用といい、原発からの融資で潤う町の雰囲気のなかでは、反対することが肩身の狭く、声を上げることさえ難しい。
しかし、今回の原発事故で、意識を持った子どもを持つ母親たちは、声を上げることができたという。
悲観的にならざるを得ない今までの原発問題ではありますが、悲観していても明日はないわけです。
私たちは、もっとシンプルに生き、今までどおりの生き方をすることを推し進めるのではなく、生活、生き方を変えていくことがこれからのフクシマ後を生きることとなるのでしょう。
アゴラの先生は言います。「怖いものをちゃんと怖いといいましょう。その生き方が何を選択し、何を手放すか・・・、自然の循環の中で生活することは人間本来の感覚を目覚めさす事であり、それがこの里山にはちゃんとあるのです。」と。
最後に渡辺さんは、心と命の大事さを言われました。
「本当に大事なものはたくさんあるわけではありません、ほんの少しで生きていけるのです。」と。
それが「心と命」

あるおじさんが言いました。「普段は社会の情勢、原発、国のあり方・・・さまざまなことで怒るとこばかりでした。けれど、今日のこの時間は、うれしかった。ちゃんと考えている方々がここにいた、充実した時間でした。ありがとうございました。」と
新聞記者の方も、「ほんと良かったです。わかりやすい講演会でしたとおっしゃっていました。
お茶農家の方も御前崎の方も笑顔で帰っていかれました。

原発の問題は、本当に難しい問題のように見えます。
行政、企業、お金・・・さまざまな絡みを含んでいます。
その後ろを見てしまうと何が何やらわからなくなります。
でも基本は、自分はどういう生き方を選択するか?怖いものは何なのか?大事なものは何なのか?そのことをちゃんと思考し、それに即した生き方を選択することであり、そのいう生き方をしている中で自分独自のコミュニティーを持って行くことなのかもと思います。
                                                                        
渡辺さんの講演会にはもっとたくさんの方にきてほしかったと私は、渡辺さんにいました。
すると渡辺さんは「いいえ、これくらいが良かったのです。たくさん来てもらうには、駅の近くとか交通便のいいところの施設を借りればもっと人は集まったでしょう。でもこの里山のこのАgoraで話をするからいいのですよ。フクシマ後の話をして、エアコンガンガン利いた部屋で話をしたってなんも説得力はないのです。僕たちの生き方をちゃんと示すことがこの講演会の趣旨ですから。」と。

マーシャル諸島に行き来し、被爆した人たちと関わり、そして今福島を行き来し、フクシマを考える渡辺さんは、本当に優しい目の物腰柔らかな人でした。その優しさの中に強い意志を持ち続けて活動されている渡辺さんに感心するばかりの私でした。

by 寺田
                                                                        


                                                                                                                                                                                                              

2012年3月10日土曜日

フクシマ後を考える!

講演会  3月18日(日)13:00~16:00
「私たちはフクシマ後をどう生きるか」
フリージャーナリスト 渡辺幸重
参加費: 500円  会場: アゴラ子ども美術工場

「私たちはフクシマ後をどう生きるか」
私たちの生き方もあるし、フクシマの人たちがこれからどう生きるかということもあります・・・
みなさんもいっしょに考えてみてください。
                          (渡辺氏からのメール抜粋2/7)
昨日も脱原発世界会議に参加して勉強してきましたが、福島に行ったものとして、周りの人にそれを伝えることは使命だと思いました。ビキニ核実験で被爆したマーシャル諸島の人も来ていましたが、その人には私も二度マーシャル現地で世話になっており、日本にまで来てくれるのですから、私が静岡に行くのは、義務かもしれません。
                           (渡辺氏からのメールより抜粋1/16)

(渡辺氏のプロフィール)
渡辺幸重氏は、東大で原子物理学を学び、毎日新聞記者で、第五福竜丸、浜岡原発などを取材、その後教育、IT企業を経験した後、前畿央大学教育学部教授を経て、現在はフリージャーナリストとして原発問題、放射能被爆について長年追跡取材している。またビキニ環礁での米国の核実験で放射能汚染され、被爆したマーシャル諸島、ロンゲラップ諸島の人々との交流、助手として現地残留放射能調査、体内被曝測定などを行う。また福島に行き来している。




被災地・宮城県牡鹿郡女川町の資料展
KAМEの翼プロジェクトメンバーは2011・4月より被災地・女川へ5回行き来している。
そして女川町の保育者の方々と交流している。
その4月から5度にわたって女川へ行ったときの状況とその後の女川の先生たちや避難所で出会った家族のことを伝えています。
3011・3・11東北を大きな地震と津波が襲いました。そのことをテレビ、新聞では頻回に伝えています。
私たちは、私たちなりの支援を思考し、関わってきました。
私たちが見てきた女川の震災後の人たちの思いを知ってください。
今もなお、電話や手紙等で関わりをもち、3月3日、5歳の女の子と5年生の男の子からテラコッタ作品が女川から届きました。今大事に乾燥していますが、その作品展示もしています!ぜひ見に来てください!


震災からいろんなことを私たちは問いかけられています。
自然災害、原発という人災・・・今も福島は核の危険にさらされています。
地震・津波・原発・・・それらは東北に限ってのことではありません。
この機会にぜひ自分ごととして考えてみましょう・・・


同時開催  アゴラ作品展 2012 詳細は前ブログ↓

記事:寺田美穂

2012年3月4日日曜日

Аgora作品展開催


 今日3月4日(日)より3月18日(日)までАgora子ども美術工場で、作品展を開催しています。
出展は、Аgora子ども美術工場の渋垂秀夫先生とАgoraの卒業生、現・生徒とАgoraに関わったお母さん方の作品展です。
2年前Аgora 子ども美術工場の納屋を改造し、京都のアーティストの黄瀬剛さんの制作によって、アトリエと生まれ変わりました。
去年KAМEの翼プロジェクトの時から、そのアトリエは使われることになりました。
このようにしてАgoraは、KAМEの翼プロジェクト発信より、みんなの表現する場所に生まれ変わりました。
今回の作品展出展者は、16年前にАgora子ども美術工場を渋垂先生が作るにあたって、いろいろ動いてくださったかつてのお母さん方の作品がいくつかあります。
かつてのお母さん方は、大変勢力的に絵を描いてらっしゃって、県展にも出展されていたそうです。
先輩方の隣に今習っている私とその友人、生徒さんの作品。
二階には、今年高校卒業の太田君と木村さんの作品。卒業生で今は大学院生で今年春には社会人として巣立つ原田君の作品、そして渋垂先生の作品展示されています。
太田君も木村さんも今年美大生として巣立って、表現の世界へ羽ばたいていきます。
その前にここАgora子ども美術工場で週4回、一日4時間~6時間作品制作に打ち込んできた太田君と木村さんの作品をご覧ください。
原田君は、Аgoraでは、かつて大変精細な切り絵の作品を作ったり、制作意欲満々の学生さんでした。その原田君の学生最後の作品は、KAМEの翼プロジェクトのホームページ作成です。
去年から動き出したKAМEの翼が本格的に形をなしてきます。そのひとつがKAМEの翼プロジェクトのホームページ。
ホームページが出来上がることで、ブログ以上にさまざまなことが配信できますことを期待して~。
そして最後に渋垂先生の作品のご紹介。
「ミモの記憶」と題して、水彩画4点、油絵1点、オブジェ1点という作品となっています。
めったに見られない渋垂先生の作品をぜひ見に来てください。
長年子どもたちを見つめ、関わってきた先生で、また「紙わざ大賞」「カメパオプロジェクト」「カメの翼プロジェクト」等立ち上げ活動されている勢力的な先生とのイメージとはまた違った繊細な優しい作品です。
先生のАgora を作るに至った経緯に触れることのできる作品だと私は思います。
ぜひこの機会に静岡県掛川市千羽にあるАgora子ども美術工場へ来てください!!

{作品紹介}

太田拓実 (高3)漫画作品           「落ちこぼれの場所柄」
木村奈未 (高3)デザイン画           「猫と日常」
渋垂秀夫 水彩画 油絵 オブジェ       「ミモの記憶」
原田俊太郎 (大学院) ホームページ作成  「KAМEの翼プロジェクトホームページ」
加藤美津子  アクリル画            「See  you tomorrow]
木村真子    水彩画              「シンビジューム」
木村洋子    水彩画              「習作」
笹本稲子    水彩画              「報徳図書館」 
佐藤さゆり    油絵               「А portrait of  Аji」 
辻  礼子    水彩画              「八つ手」
寺田美穂    水彩画              「椿」 「朝の蓮畑」 「サボテンの花」
成田侑未子   アクリル画            「ノスタルジア」
富岡真弓    アクリル画            「流氷」

(記事  terada)