2012年8月14日火曜日

KAMEの翼プロジェクト、福島報告&フリートーキング NO1



8月11日、KAMEの翼プロジェクトのイベントが行われた。
AM11時〜12時までフリージャーナリストの渡辺幸重氏の「私たちはフクシマ後をどう生きるか パート2」の福島報告があった。
資料では、浪江町の避難所で関わった方々から聞いた貴重なお話がたくさん綴られていた。実際の報告会は、原発事故により人々がどのような状況になり、そして社会はどのように変化して今にあるのかという事をテーマにして進んでいった。
去年の10月からおまかせ民主主義からの変化が起こっている。
つまり反原発運動が各地で繰り広げられている。
19、20歳の若者が経済産業省前で、「原発反対」のハンストデモを始めた。
そのデモは、抵抗なしのデモだった。
その若者の態度に触発され、60年安保の時代の方々が、テントを立てた。

そのうちここが、ベースキャンプになり、今も尚皆がここを訪れる。
7月16日、代々木公園で「さよなら原発10万人集会」があった。
その日は、地球で初めて核実験が行われた日だった。
その後の毎金曜日に首相官邸前に人々が集まり、原発反対の運動が繰り広げられている。その輪はどんどん広がりを増している。
そして話は、福島へと・・・
福島の浪江の方々の仮設住宅(郡山市)へ渡辺さんは行った。
そこには5、6カ所の仮設住宅が建ち並ぶ。コンテナを改造したいでたちで、ここに放射能から逃げて来られた方が生活されている。
浪江は未だ傷は癒えず、田畑は荒れ、未だに24マイクロシーベルトの線量が測定された。
五時間の故郷への帰還が許されているが、二三時間ぐらいいて帰るという。長くいてもこの先のめども立たず、荒れ果てた故郷を見ている事がつらいのだという。
ただ、耕作をせず、放っておくとますます田畑は荒れる一方なので、耕作を始めないと・・・と言う意見もでているという。

同時に渡辺さんは、ロンゲラップ島に行き来している。
ロンゲラップ島は、1954年3月1日水爆実験が行われた。同時にそのころその辺りを漁業のため通過していた第五福竜丸。
水爆実験後白い灰が舞った。南の島ロンゲラップ島の子どもたちは白い雪が降ったと喜んだという。
その後島民は、脱毛、嘔吐、下痢、発熱等の症状が出始めた。
同時に第五福竜丸の乗組員にも同じ症状が現れた。
島民は自主避難し、メジャット島へ逃げた。島民はそこで生活し始めた。漁をし、食物を栽培し、ヤシの実を植えた。
数年後奇形児が多発した。
58年目の今、アメリカより、メジャット島に逃げた島民に、元のロンゲラップ島へ帰還する話が出ている。(現在ロンゲラップ島の線量は0、02マイクロシーベルトだという)
たとえ避難したといえども、何十年もそこで生活するという事は、仮りの生活ではなくなり、そこに生きる基盤が出来るのである。
渡辺さんは言う。土建業者が入り、簡単に町を作り、生活が出来る状態を作るよりも、たとえ10年かかっても自分たちの思いを繁栄した町、いわゆるコミュニティーを作る事が、私たちのフクシマ後を生きることなんじゃないかと・・・
そして合意形成システム、納得民主主義を提唱する。



最後に渡辺さんの出身の屋久島の画像が映し出された。
屋久杉と苔と、屋久鹿・・・もののけ姫の舞台。
あのもののけ姫も伝えていたような気がする・・・「タブーを個々にもつコミュニティーの形成を〜。」

今本当に考えて行こう!本当に住み良いコミュニティーの形成について、そして本当の民主主義を〜。

by terada



2012年8月10日金曜日

KAMEの翼プロジェクト明日イベント!


第1回KAMEの翼プロジェクトのイベントが、明日開催。
朝11時〜12時 フリージャーナリストの渡辺幸重氏の福島報告があります。
渡辺さんは、ずっと前からスリーマイル島に行き来し、住民と交流を持ち「ブンブン通信」という通信誌でスリーマイル島の事を伝えてこられました。
3・11以後福島にも行き来し、福島の方と出会い、実際に福島に出向き、福島を伝えています。
3月、アゴラで「私たちはフクシマ後をどう生きるか」の講演会がありました。
広野町の報告でした。
20キロ圏にある広野町の現状を知り、私たちは様々な事を思考したと思います。
講演会に来られた方は、ここでは普通に語れる場で、今日は怒らないでいられると言っていました。
そして渡辺さんは7月浪江町の避難所の方と交流を持ちました。
波江町の避難所の方々と話してこられた事を中心に話は展開されるのでしょうか・・・
今ここに明日の資料があります。私たちが知らされない福島の事がここにあります。
ちゃんと福島を知りましょう!
明日是非お越し下さい!

13時からはアゴラで制作活動されている加藤元さんと大見明子さん、そして昨年のプレイベントの制作者の土井由紀子さん、大塚朝子さん、そして時折アゴラに訪れてワークショップをしてくださる光のアーティストの高橋匡太さんが合流します。
みんなでいろんな事を話しましょう!

8月12日はアゴラの裏山のお茶を摘んで紅茶を作ります。
是非お越し下さい。
このお茶作りは、アゴラの裏山の山の再生プロジェクトの一環です。
まず今までお世話になったお茶に敬意を払って、お茶の木を抜くまでにお茶を摘んで紅茶を作り、味わいます。
自分たちが作った紅茶を飲みながら、山の再生を語りましょう。
この山の再生も「私たちはフクシマ後をどう生きるか」のひとつですから〜。

関連サイト

ゆるりんのポレポレ日記 http://yururinp.exblog.jp/    
里と湖のポレポレ時間〜 http://agorako.exblog.jp/

by terada

2012年7月31日火曜日

第一回KAMEの翼プロジェクト開始!


7月28日から始まったアゴラ子ども美術工場のキャンプよりKAMEの翼プロジェクトが動き出した。
第1回のプロジェクトの制作者に選考された加藤さんと大見さんは、28日夕方よりキャンプに加わった。
キャンプは一日目は7月28日9時30分〜29日9時。二日目は29日9時30分〜30日9時。スケジュールは、朝から三時まで、制作活動。
小学一年生から六年生の子どもたちが制作をする。
初めてキャンプに参加する子どもたちは、必ず食卓椅子を作る。その次の年からは、サンポーニャ、ケーナ、カメラオブスキュラ、木琴、バンダナ、スリットドラム、ステンドボックス等を作る。
この制作物はこのアゴラの主催者の渋垂氏が独自の発想で、考案した作品である。
子どもたちが自分で作れる事。そしてちゃんと使える。そして面白いものを思考した。
小学一年生から自分が座る椅子を作る。この醍醐味を味わう。
今年は滋賀からも2人小学1年生と4年生の子どもたちが参加した。
初めて使う金槌、ノコギリ、・・・作れるかな・・・どうかな・・・そこをサポートする加藤さん。ここを合わせて、ここに釘をうって・・・
大見さんは、カメラオブスキュラを担当。今年は小学5年生のR君と六年のAちゃん。
うまく作れたかな。
他にアゴラの中学生が小学生をサポートします。優しさがここにあります。
そうそう、光のアーティストの高橋匡太さんもこのキャンプに参加した。
高橋さんは二日目のお昼から加わった。
木琴は今年で6年目のイラストレーターの丸山氏が担当。木琴おじさんは今年も健在!




三時過ぎにカメパオで里山散策。
アゴラのカメパオは15年前にカメパオプロジェクトをやった時に作成されたもの。
制作者は京都市立芸術大学の中原浩大氏と黄瀬剛氏と渋垂氏。
カメパオはずっと子どもたちを乗せて月日を刻んだ。
子どもたちはカメパオに乗って♩引っ張るのは大人の仕事。KAMEの翼のメンバーと加藤さんと大見さんも一生懸命引っ張った♩
川では沢ガニ、カメ、魚・・・子どもたちはみんな川に入って生き物に夢中♩
大見さんや加藤さんはどんな感想を持ったのだろう。



夕飯は、お母さんの手作りのカレーをいただき、里が暗くなったら肝試し&宝探しへゴー!
子どもたちは、ずっとはしゃいでいる。
その頃加藤さんと大見さんはちょっと疲れていた・・・
「渋垂さんはすごいですね。タフですね。こんな事をずっと続けてきた・・・すごいわ〜」加藤さんは言った。



今年の肝試し&宝探しは、中学生のT君がサダ子?に変身。小学生の子どもたちは怖がった?・・・子どもたちは喜んだようだ。
花火して、シャボン玉して・・・夜の展覧会へ。
子どもたちの光る作品がアトリエを飾る♩そして子どもたちの絵が八ミリ映写機で動く動画となる♩





そして夜も更けて・・・蚊帳の中で就寝。
やっと子どもたちは寝た・・・でも加藤さんも大見さんも子どもたち以上に疲れたようだ。ゆっくり休もう〜ってことにはならず、朝5時には子どもたちに起こされたようだ。
一番疲れていたのは誰だろう?ひょっとして加藤さん?大見さん?
今までにない経験をした加藤さんと大見さんは、これからここに一ヶ月滞在し、どんな作品を制作されるのだろうか。
少しずつ集中し始めた加藤さん&大見さんである。



 高橋さんは、なんか子どもたちといい感じで関わっていた。高橋さんはこのアゴラにもう3年も関わっているんだもんね。

2012年7月15日日曜日

加藤さんと大見さん、徐々に準備してます。

加藤さん、大見さんが7月4、5日アゴラにやってきた。
7月28日から始まる滞在制作の下見で、今回は一晩このアゴラに泊まった。
4日夜、静岡のKAMEの翼プロジェクトのメンバーと加藤さんと大見さんをかこっての会食。
加藤さんと大見さんは、ちょっと前に石巻、女川、陸前高田へ行ったそうだ。
震災から一年以上経った被災地だったが、加藤さん、大見さんにとっては大変衝撃的だったようだ。
映像で見た石巻、女川、陸前高田が、実際自分たちの眼で見た石巻、女川、陸前高田は全然違っていた。心揺れた。そこにいる被災地の人に対して、表層だけで判断せず、個々に置かれている立場が違う事をしみじみ感じたという。
女川町の運動公園、病院、三階建ての仮設住宅を回った。
特に印象的だったのは、陸前高田だった。陸前高田は広範囲の町がすっぽりと無くなっている事だった。言葉をなくした・・そういう事を加藤さん、大見さんは話されていた。
ちょうどKAMEの翼プロジェクトのメンバーは震災一ヶ月後から石巻、女川に支援に行っている。原田君の写真展や女川の資料展もアゴラでやった。
その事に彼らは意識し、心を寄せ、動いたのだろうか・・・いろんな事を吸収して感じて思考している彼らを知った。
そうそう、この静岡メンバーの24歳の市川君も個人で5月女川へ行ったそうだ。
この眼で石巻、女川を見た。何もなかった、こんな状態になるなんて・・・と身体で感じた思いを話してくれた。今の状況でもすごい状態だと思いました・・・ほんとうにすごかったんですね・・・と市川君は言った。皆が個々に社会の出来事に意識し、引き寄せここにいるんだな〜。
そして加藤さんと大見さんはアゴラで就寝。

朝、お二人に聞いてみた。「アゴラの夜はどうでしたか?」
「はい、よく眠れました。ガサって夜音がしましたが、快適に過ごせました」と。
子どものいないアゴラに電気もともさず、加藤さんはアゴラにおいてあった手塚治虫の「MW」をコーヒーを飲みながら読んでいた。大見さんはその加藤さんに話しかけていた。
そんな感じの二人は、アゴラの空気にすーっととけ込んでいるようだった。
普段は都会の中で急ぎ足の時間の中で生活しているお二人が、ちょっと一息ついてリセットしている感じに見えた。
その後、渋垂氏と話をする。

加藤・大見「神戸にいたときも同じ共同アトリエにいた。普段生活を共にしているが、互いが違うので面白いしこんな表現をするのだと刺激になる。でも今回はここでは互いに個人個人で制作活動するので変な感じも・・・
いつもは独りで誰とも話さず作品作り・・・ここはいろんな考えの方と関わりがある。」
渋垂「島田の紙わざ大賞の時では中原浩大さんへ普通のおじさんが言いたい事を言ってきた。いろんな人が行き来した。守られすぎていては行けない。社会の中にいてその中で表現、作品を作ることをやってみましょう」 

〜〜〜 静岡県島田市で始まった紙わざ大賞(20年ほど前か・・)・・・それはこのアゴラ子ども美術工場の渋垂秀夫氏が発起人で始まった。〜〜〜  


美術手帖10(1996年)中原浩大「ちゃんとした美術の使い方」―島田のこと―より抜粋

―島田に三年間連続して行かれてましたよね。いわゆるアーティスト・イン・レジデンスっていっていいと思いますが、ちょっと通常のものとは違う気がします。あれってやっぱり大きかったですか?
中原「大きかったですよ。考えてもみなかったこともやらされている部分もあって、いろいろ発見があった。シンプルに自分のなかにあるイメージをかたちにして「作品です」って言うのでは、足りない部分がある。他人と接触しなければならないとか、逆にいかに人と接触しないで町の中にいられるかとか。結構あそこで試したのが尾を引いているという事が多いんちゃうかな。」

―いままでやったことのないことをやる環境、周りの人たちが受け止めてくれるあり方が、ちょうどよかったということですかね。新しいことをやるのがおっくうじゃない環境。
中原「そういう意味ではとても快適だった。だいたい知っている人がほとんどいないから。それまで僕のやってきた事を前提に何か言ってくる訳じゃないというのは助けになりますね。」

―ああ。なかなかそういう環境て体験できる人は少ないような気がする。
中原「そうね。企業なり町なりに関わろうという話まではまだあると思う。でも、そこと敵対してもいいやで、とか、町の中でもずっと関わるためにいなくてもいいんやで、というのはなかなかないと思うんですよ。普通そういうイベントは、仲良くする事を前提にしたり、不思議な言い方ですけれど、一般の人たちのレベルに、って言う発想がほとんどでしょう。こっちが素の状態で突っ込んでいっても構わないというような環境設定というのはなかなかないと思う。砕け散ってもかまわないとか、対立に終わっても構わないとか、みんな興味を引く必要はなくて、無視する人がいても構わへんわけやし、というレベルで設定してくれるのは稀じゃないですかね。」・・・

加藤「イレギュラー、人間的にここ(アゴラ)でどんなけ成長するのか・・・」
渋垂「おもいっきり試す事をしない若者・・・それによって何かが返ってくる事もなく自分の枠の中で作り上げて作品を出す。そうではない。
だからここで思いっきり試してみなさい!KAMEの翼はその事を支えます。」

加藤さんと大見さんは、一ヶ月後から始まるKAME翼プロジェクトに期待とその趣旨をもっと自分に引き寄せたようだった。
さてどのような作品がここで生まれるのだろうか〜。


帰り際、アゴラのあらゆる部分にカメラを向ける大見さん
加藤さんはアゴラの草花に手を添えていた。感覚?触覚?このアゴラの何かと対話してた?
植物に触れ、虫に触れ、アゴラの環境に何かを感じたお二人でした。
by terada

2012年7月5日木曜日

KAMEの翼プロジェクト始動!

中日新聞に掲載!
読売新聞に掲載!


選考された加藤元さんと大見明子さん  4/18アゴラにて


KAMEの翼プロジェクトの滞在制作の若者二人が決まった!選考は京都市立芸術大学の中原浩大氏と東京芸術大学の日比野克彦氏による。その若者は、京都芸大大学院卒の加藤元さんと東京芸大院卒の大見明子さんのお二人。その選考にあたって日比野克彦氏と中原浩大氏からの推薦された経緯をここに記載する。


大見明子さんへの日比野克彦氏からの推薦コメント
 アニメーション作家である大見さんがカメの翼でどのようなアニメーションをつくるのか?もしくは作品の発想をえるのかは大変楽しみである。
カメの翼は、なにやら不思議な時間が流れている。どこにでもある地方とはちょっと違う。都会と田舎という二極化的な色分けでは当てはまらない。ねじれているというのか、遊離しているというのか、それはまるでアニメーションの中のようだ、というと言い過ぎなので、というかそれでは世間はディズニーランドを想像してしまうので・・アニメーションの中ではなくって、アニメーションの裏木戸のカギが壊れて、パタンパタンといっている感じの場所である。そんなところで大見さんが一か月余りを過ごすと、さてさてどのような主人公が彼女の頭の中に棲み始めるのやら・・・。(日比野克彦)

加藤元さんの中原浩大氏からの推薦コメント
推薦にあたっては、少し変わったやり方をとらせていただきました。今回のようなケースには、「自然な成り行き」がとても大切だと考えたからです。
私が行なったのは、誰にとは決めないで、この辺りでつぶやいてみようかなと思いつくままに、こんな条件のこんな話があるけど気になったら実際に行ってみるかい?ということをやんわりと伝えるということです。私の行動範囲はごく限られています。ですからごく偏った伝わり方をしていったと思います。公募というような公平なものとはほど遠いやり方です。そして、推薦の結論としては、名乗りを上げた者勝ち、既成事実化した者勝ちにしようと考えました。推薦というにはあまりに無責任な放り出し方だと思います。結局、私がしたことのすべては、つぶやくときの「この辺り」を勘を働かせて決めることだけでした。
私の話を聞いた何人かは、反応することもなくそこで聞き流したでしょう。何人かは反応して実際にアゴラに出かけてみたでしょう。何人かは反応してその話を別な誰かにしたでしょう。そして、その話を聞いた何人かは反応して行動に移したでしょう。
実際にアゴラを訪れてみて、ある人は何も感じることなく通り過ぎたでしょう。ある人は兆しを見つけるかもしれません。ある人はもやもやとしたまま何度となく足を運んでみるかもしれません。そして、「自然な成り行き」で、誰かが名乗りを上げるだろうと期待していました。それが兆しを見つけた人でもいいし、まだ何も見つからないままに何度も足を運んだ人でもいい。加藤さん(夫妻)が立っているのは、そういう地点だと思います。   
加藤さんが、興味を抱いたという事実、それを行動に移したという事実、名乗りを上げたという事実、それらが、改めて語るまでもなく彼の人となりや意志を表明していると考えます。でも、ひょっとして、こうしている間にも別な誰かが彼ら以上に「自然な成り行き」で居場所を見つけて、事実上の立場が入れ替わってしまうかもしれないとすれば、それもありなんじゃないでしょうか。    (中原浩大)

  加藤元  
1975年兵庫県生まれ  2009年京都市立芸術大学大学院 美術研究科彫刻専攻 修了
アゴラとの出会いは昨年プレイベントに参加していた大塚さんがきっかけでした。
彼女から色々と話を聞いた上で「一度この目で見てみよう」と思いました。昨年十二月、初めてアゴラを訪ねました。渋垂さんからアゴラについての話を聞きアゴラを見学するなかで、複雑な高揚感を感じたのを覚えています。ここに集う子供達や大人達とのかかわり合いの中で感じることや、普段生活している住み慣れた環境ではなく、勝手の知らない少し不便な環境のなかで“どう反応出来るか”を楽しみたいと思います。一ヶ月、アゴラでの生活の成り行きに身を委ね、自分の直感に従いたいと思います。 (加藤元)
大見明子
1977年 奈良県生まれ
2010年 東京藝術大学大学院 映像研究科アニメーション専攻 修了
アゴラには去年の十二月に初めて行きました。訪れると子供たちが居て、なにやらああだこうだ言いながら、無邪気に何かを作っています。ルールは無く、子供たちが作ってみたい、試してみたいと思うものを時間をかけて思い切り作るのだと渋垂さんはおっしゃいました。私のこれまでの作品制作は、決まった機材と決まった手法、決まった場所でのみ作ってきました。生活の場所を変えて作品を作ることでどうなるのか、今の自分にはまったくわかりません。だけど、今までの少ない経験とか考えは一旦脇に置いといて、自分に何ができるのか考え始めています。緊張して固くなってしまった身体をほぐすように、ここアゴラでは思いついたこと、感じたこと、やってみたいと思うことを、ただただ素直に試してみたいと思っています。(大見明子)

 カメの翼プロジェクトが動く!       
 加藤さんと大見さんは、また四月十八・十九日にアゴラ子ども美術工場にやってきた。そして今回の滞在制作に向けて、積極的にアゴラ周辺の様子を取材した。お二人は、夏に向けて想像を膨らませたことだろう。
 この選考にあたって、情報を得た何人かの若者は、このアゴラにやってきて、表現する場所を得たいと思った事だろう。その中で、加藤さんや大見さんが選ばれた事、それは、彼らの積極性かもしれない。彼らは、二十代、それぞれがイギリスで表現を学んだそうだ。そして異国の土地で何かを感じ、その後偶然二人は、神戸にあるCAPという場所に行き来する。「芸術と計画会議」いろんな意識ある芸術家が集まり、話し合う。そんな場所で、それぞれが自分たちの表現と社会の中での存在を試行錯誤していたのだろう。そしてこのKAMEの翼プロジェクトを知り、行動する。四月に来た加藤さん、大見さんは、アゴラの子どもたちへ興味を示し、アゴラがある里山に興奮した。草にいた虫に興味津々だった大見さんやお茶畑を見ておもむろにカメラを向ける加藤さんの様子を見て、彼らはこの里山の息づいている空気をちゃんと感じているんだと思った。何より、彼らがこれから始まる事に対してワクワクしていると言った言葉に、私たちもちゃんと支えようと言う意思を持った訳である。


4月19日アゴラ近隣取材の二人とアゴラの渋垂先生

by terada










2012年6月13日水曜日

2012年KAMEの翼プロジェクト始動!記者発表!


6月13日(水)PM10:00静岡県掛川市市役所にて、第一回KAMEの翼プロジェクトの記者発表を行った。
中日新聞、朝日新聞、読売新聞、静岡新聞、毎日新聞の記者の方々が来られた。
第一回KAMEの翼プロジェクトに選考された若者の発表、今までのKAMEの翼の活動報告、今年のKAMEの翼プロジェクトの活動内容等を伝える。

第一回KAMEの翼プロジェクト
選考者:加藤元(京都芸大教授・中原浩大氏推薦)
    大見明子(東京芸大教授・日比野克彦氏推薦)
2012年7月28日〜7月30日のアゴラ子ども美術工場主宰のキャンプからアゴラ(静岡県掛川市千羽)に一ヶ月間滞在し、制作活動される。
2012年8月11日は、加藤元さんと大見明子さんを交えてのフリートーキング。
KAMEの翼プロジェクトは、子供たちや若者をサポートしてくださる日本中の大人個人個人の資金で運営しています。
今年選考された加藤元さん、大見明子さんのこれからの羽ばたきをぜひ応援してください。
どうか一人でも多くの方にKAMEの翼プロジェクトの趣旨に賛同していただき、資金サポートをお願いいたします。
またKAMEの翼プロジェクトは、日本中の子供へのサポートも担っています。
その事はKAMEの翼新聞とこのブログ等でお知らせしておりますので、見ていただけたら幸いです。


KAMEの翼プロジェクトはアゴラ子ども美術工場を拠点としております。
阪神淡路大震災後、アゴラ主宰の美術家の渋垂秀夫氏が社会における子供の居場所の必要性を感じ、里山にアゴラという子供の居場所を作りました。
そして15年が経ちました。ゆっくりじっくり自然の中で造形活動をしながら子供たちと向き合ってきました。
しかし社会は、阪神淡路大震災の頃以上に窮屈になってきています。デジタル化がどんどん進み、子供たちはアナログの世界からバーチャルな世界へどんどん入り込んでいきました。実際に体感する事と画面での体感の差さえわからなくなています。
子供たちはそういう世界に入ってしまって創造や想像する事ができなくなってきたように思うのです。
そして競争社会は子供たちに発破をかけてきます。マーケティングが教育の中にどっぷり入り込んでしまいました。
秀でる事、利潤を生む事が大事であると大人はいつしか子供に教えています。
表現する世界にもそういう物が入り込んできました。
この社会の中で、子供たちや巣立つ若者は今どんな状況に置かれているのだろうと想像してください。
もっと純粋に自分を表現する事・・・もっと自分を大事にする事・・・その事が今そしてこれからの社会には最も大事な事だと思います。
東日本大震災で原発事故の惨事・・・命より経済・・・そんな社会の仕組みの中で本当に子供たちは生き生きとしていられるのでしょうか?
その事を今一度思考してください。
それがKAMEの翼プロジェクトの趣旨でもあります。
KAMEの翼プロジェクトでの若者へのサポートは、今のこの社会をちゃんと思考した大人がこれから子供たちや若者へ思いを受け渡す儀式ともいえます。
ぜひともこのKAMEの翼プロジェクトにご協力お願いします。

〜お願い〜
KAMEの翼プロジェクトは、若者の羽ばたきを支援する10年プロジェクトです。
静岡、東京、京都、沖縄、滋賀その他各地の「KAMEの翼」を窓口に、1000人のサポーターを集めています。
プロジェクトメンバーと共にご協力をお願いします。
一口10000円 or 一口5000円の資金サポートをお願いします。
(一口10000円というと大きな金額ですが、この10000円はつまり10年間を通して年間1000円のサポートしていただくという意味であります。ですからその趣旨をご理解くださいますように。)一年1000円を10年間サポートしてくださる大人が1000人集まれば、若者に大きな夢と希望を提供できます。その夢に是非とも賛同してください!


郵便振込にてお願いします。
口座0890−8−127927  KAMEの翼プロジェクト まで
もしくはKAMEの翼プロジェクトの事務局に振り込み用紙がございますので、お連絡ください。


KAMEの翼新聞をご希望の方は、KAMEの翼プロジェクト事務局のアゴラ子ども美術工場へお連絡下さい。 (℡:0537−27−1428)

記事 terada



2012年6月8日金曜日

いよいよ第一回KAMEの翼プロジェクト始動!

KAMEの翼プロジェクトのメンバー会議随時やっています〜!

いよいよ第一回KAMEの翼プロジェクトが動き出す。
5月より二週間に一度静岡メンバーは集まり、会議。
東京芸大の日比野克彦氏と京都芸大の中原浩大氏から選考された二人が決まった!
そのお二人は・・・?
その発表は、6月13日掛川市の記者クラブで発表する。
KAMEの翼では、既にサポーターの皆様には、KAMEの翼新聞(5号)でそのお二人のことを伝えた。
大変好奇心旺盛なお二人である。
今年のイベントは7月28日から7月30日のアゴラキャンプから始まる。
そして途中にフリートーキングとサポーター交流会を行う予定。
その日時は、8月11日、12日。
今年は、去年よりも多数の方にフリートーキングに参加してもらいたい!
また今年は、アゴラでは裏山の山の再生を始めている。
その発端は、原発事故がきっかけである。
自然の循環を無視した人間のエネルギー対策、科学の発展が、今私たちの命をも危険にさらしている。
東日本大震災から一年経って、世の中は元通りになったかのようにマスコミからは被災地の状況は流れない。福島第一原子力発電所の事故の収束宣言を野田総理が既に出している。・・・がしかし、現状は、未だに被曝しながら原発で働く労働者がいる。福島の線量はまだまだ高く、除染の効果も出ているのかどうか・・、その土の始末すらできていない。いや・・できないのである。福島の方々はいつ故郷に帰れるのであるか?
その事を思い、自然を意識する事が原発を意識する事であると思った。そして福島の桃源郷を作ろうとも思った。
山の再生は私たちはフクシマ後をどう生きるか?という意思表示である。
子供たちと始めたドングリ作戦。そして福島の桃源郷の再生を〜。
サポーター交流会はそんな事に今年は意識していきたいと考えている。
ぜひとも今後のKAMEの翼プロジェクトの動きにご注目いただきたい!

*選考されたお二人の事は、6月13日に載せます!お楽しみに♩
*山の再生のことは詳しくは「里と湖のポレポレ時間〜」http://agorako.exblog.jp
にありますので見てください。