2012年3月10日土曜日

フクシマ後を考える!

講演会  3月18日(日)13:00~16:00
「私たちはフクシマ後をどう生きるか」
フリージャーナリスト 渡辺幸重
参加費: 500円  会場: アゴラ子ども美術工場

「私たちはフクシマ後をどう生きるか」
私たちの生き方もあるし、フクシマの人たちがこれからどう生きるかということもあります・・・
みなさんもいっしょに考えてみてください。
                          (渡辺氏からのメール抜粋2/7)
昨日も脱原発世界会議に参加して勉強してきましたが、福島に行ったものとして、周りの人にそれを伝えることは使命だと思いました。ビキニ核実験で被爆したマーシャル諸島の人も来ていましたが、その人には私も二度マーシャル現地で世話になっており、日本にまで来てくれるのですから、私が静岡に行くのは、義務かもしれません。
                           (渡辺氏からのメールより抜粋1/16)

(渡辺氏のプロフィール)
渡辺幸重氏は、東大で原子物理学を学び、毎日新聞記者で、第五福竜丸、浜岡原発などを取材、その後教育、IT企業を経験した後、前畿央大学教育学部教授を経て、現在はフリージャーナリストとして原発問題、放射能被爆について長年追跡取材している。またビキニ環礁での米国の核実験で放射能汚染され、被爆したマーシャル諸島、ロンゲラップ諸島の人々との交流、助手として現地残留放射能調査、体内被曝測定などを行う。また福島に行き来している。




被災地・宮城県牡鹿郡女川町の資料展
KAМEの翼プロジェクトメンバーは2011・4月より被災地・女川へ5回行き来している。
そして女川町の保育者の方々と交流している。
その4月から5度にわたって女川へ行ったときの状況とその後の女川の先生たちや避難所で出会った家族のことを伝えています。
3011・3・11東北を大きな地震と津波が襲いました。そのことをテレビ、新聞では頻回に伝えています。
私たちは、私たちなりの支援を思考し、関わってきました。
私たちが見てきた女川の震災後の人たちの思いを知ってください。
今もなお、電話や手紙等で関わりをもち、3月3日、5歳の女の子と5年生の男の子からテラコッタ作品が女川から届きました。今大事に乾燥していますが、その作品展示もしています!ぜひ見に来てください!


震災からいろんなことを私たちは問いかけられています。
自然災害、原発という人災・・・今も福島は核の危険にさらされています。
地震・津波・原発・・・それらは東北に限ってのことではありません。
この機会にぜひ自分ごととして考えてみましょう・・・


同時開催  アゴラ作品展 2012 詳細は前ブログ↓

記事:寺田美穂

2012年3月4日日曜日

Аgora作品展開催


 今日3月4日(日)より3月18日(日)までАgora子ども美術工場で、作品展を開催しています。
出展は、Аgora子ども美術工場の渋垂秀夫先生とАgoraの卒業生、現・生徒とАgoraに関わったお母さん方の作品展です。
2年前Аgora 子ども美術工場の納屋を改造し、京都のアーティストの黄瀬剛さんの制作によって、アトリエと生まれ変わりました。
去年KAМEの翼プロジェクトの時から、そのアトリエは使われることになりました。
このようにしてАgoraは、KAМEの翼プロジェクト発信より、みんなの表現する場所に生まれ変わりました。
今回の作品展出展者は、16年前にАgora子ども美術工場を渋垂先生が作るにあたって、いろいろ動いてくださったかつてのお母さん方の作品がいくつかあります。
かつてのお母さん方は、大変勢力的に絵を描いてらっしゃって、県展にも出展されていたそうです。
先輩方の隣に今習っている私とその友人、生徒さんの作品。
二階には、今年高校卒業の太田君と木村さんの作品。卒業生で今は大学院生で今年春には社会人として巣立つ原田君の作品、そして渋垂先生の作品展示されています。
太田君も木村さんも今年美大生として巣立って、表現の世界へ羽ばたいていきます。
その前にここАgora子ども美術工場で週4回、一日4時間~6時間作品制作に打ち込んできた太田君と木村さんの作品をご覧ください。
原田君は、Аgoraでは、かつて大変精細な切り絵の作品を作ったり、制作意欲満々の学生さんでした。その原田君の学生最後の作品は、KAМEの翼プロジェクトのホームページ作成です。
去年から動き出したKAМEの翼が本格的に形をなしてきます。そのひとつがKAМEの翼プロジェクトのホームページ。
ホームページが出来上がることで、ブログ以上にさまざまなことが配信できますことを期待して~。
そして最後に渋垂先生の作品のご紹介。
「ミモの記憶」と題して、水彩画4点、油絵1点、オブジェ1点という作品となっています。
めったに見られない渋垂先生の作品をぜひ見に来てください。
長年子どもたちを見つめ、関わってきた先生で、また「紙わざ大賞」「カメパオプロジェクト」「カメの翼プロジェクト」等立ち上げ活動されている勢力的な先生とのイメージとはまた違った繊細な優しい作品です。
先生のАgora を作るに至った経緯に触れることのできる作品だと私は思います。
ぜひこの機会に静岡県掛川市千羽にあるАgora子ども美術工場へ来てください!!

{作品紹介}

太田拓実 (高3)漫画作品           「落ちこぼれの場所柄」
木村奈未 (高3)デザイン画           「猫と日常」
渋垂秀夫 水彩画 油絵 オブジェ       「ミモの記憶」
原田俊太郎 (大学院) ホームページ作成  「KAМEの翼プロジェクトホームページ」
加藤美津子  アクリル画            「See  you tomorrow]
木村真子    水彩画              「シンビジューム」
木村洋子    水彩画              「習作」
笹本稲子    水彩画              「報徳図書館」 
佐藤さゆり    油絵               「А portrait of  Аji」 
辻  礼子    水彩画              「八つ手」
寺田美穂    水彩画              「椿」 「朝の蓮畑」 「サボテンの花」
成田侑未子   アクリル画            「ノスタルジア」
富岡真弓    アクリル画            「流氷」

(記事  terada)

2012年2月23日木曜日

KAМEの翼プロジェクト始動 第二弾

今年のKAМEの翼プロジェクトの選考される若者の発表が4月に行われる。
そのための動きが着々と進められている。
2月に入り、京都芸大の中原浩大氏より、選考についての電話が入った。
中原氏は選考する若者を決めたようだ。
2月7日、今度は東京芸大の日比野克彦氏がここ静岡県掛川市千羽のアゴラ子ども美術工場にやってきた。
そして日比野氏を交えての二回目の会合。
日比野氏は、アゴラを隅々まで見て、ここで若者が制作活動する様子をイメージしたに違いない。
自然にいっぱいのアゴラを山の上から眺め、日比野氏は子どもにかえったような目をしていた。
すでに選考する若者を決めているのかどうか・・・その発表は4月。

               渋垂氏、丸山氏、日比野氏、木村さん、辻さん、寺田

アゴラの里山・裏山のどんぐり畑の前で・・・

KAМEの翼新聞4号発行!


そして今日、KAМEの翼新聞4号が刷り上り、サポーターへ発送手配を行った。
今回の新聞には、1年を振り返り、また原点に戻って語ったKAМEの翼プロジェクトの発起人の渋垂氏の記事も載っている。この記事は、KAМEの翼とそして今まで渋垂氏が見てきた子どもたちのいる社会の変容について語っている。
この記事は今回を初回とし続く・・・
子どもたち、若者を取り巻く社会は今どちらのほうに向いているのか・・・みんなでいっしょに考えたい。

ps:KAМEの翼新聞はただいま0号から4号まで発行いたしました。
  KAМEの翼新聞をお読みになりたい方は、KAМEの翼プロジェクト本部のАgora子ども美術工場まで連絡ください。
  ℡:0537-27-1428

記事 寺田

2012年2月1日水曜日

高橋匡太の光のワークショップ第3弾



1月29日(日)、KAMEの翼プロジェクトの今年最初のイベントが行われました。
光のアーティストの高橋匡太さんが昨年9月に続いてワークショップをあごら子ども美術工場で開いてくれました。
あわせて今回は、あごらに通う小学生の子ども達が昨年10月から準備を続けてきた影絵劇の発表会も行われました。
それらの様子を報告します。

前回までの高橋匡太さんのワークショップについては以下をご覧下さい。
高橋匡太の光のワークショップ

第3弾のワークショップは、前回の第2弾のハイテクワークショップから1歩戻ってアナログでローテク、でも、直感的で楽しいワークショップになりました。
今回の主役はこれ、OHP。

OHP

OHPとはオーバーヘッドプロジェクター(Over Head Projector)の略で下のステージに置かれたものが大きくスクリーンに投影されるます。
かつては、教育現場や会社などで広く使用されていましたが今や見かけることすら珍しくなってしまったプレゼンテーション用の機械です。本来はOHP用に作られた透明で文字や図表が書かれたシートを大きく投影するためのものですが、今回のワークショップではこのOHPに色々なものをのせて投影させて遊んでみよう!というものでした。

1月28日(土)
高橋さんはアシスタントの川口さんと共に前日の午後に掛川のあごら子ども美術工場に到着しました。
休憩もそこそこにOHPでどんなことをしたら面白いか実験を始めました。
手当たり次第に置物、透明なフィルム、ビニール袋、ビー玉、おはじきなどで実験をしていきました。さらには、透明なトレーに入れた水、ドライアイスなど想像もしなかったようなような色々なものがOHPにより不思議な色、形に投影されていきました。
明日のワークショップでは、これらの色々な材料を並べて子ども達に自由に遊んでもらいます。

実験の様子
いろいろな材料を用意して実験


1月29日(日)
午前
まずは、あごらに通う日曜日午前中クラスの小学生が対象のワークショップが開かれました。
あごらのアトリエには大きな白い壁があるので、そこにOHPは設置されました。
子ども達は、予想通りOHPでの遊びに大喜びで用意してあった材料だけではなく思い思いの物を自分で探してきて次々に新しい不思議な映像が大きく投影されていきます。
中には、切り絵のように紙を切って自分の物語を投影する子もいました。








午後
6時半から夜のワークショップが始まりました。
20名ほどの子ども達とそのご父兄の皆さんが参加され、子ども達の影絵劇の発表会、OHPでの光のワークショップ、さらに前回、前々回から続いている“光の実”によるライトアップも披露されました。


まず最初は光の実。
今回用意された光の実は、高橋さんが横浜や岩手県陸前高田でワークショップを開きそこの子ども達が作った物でした。昨年3月の震災を受け、それぞれに思いのこもった光の実があごらの梅の木に灯されました。
参加した子ども達は一人一つ自分の手で木に光の実を取り付けました。






続いて、子ども達の影絵劇の発表会。
あごらでは毎年恒例になっている影絵劇。毎年クリスマスに向けて10月頃から準備が始まりますがいつも完成はこのくらいの時期になってしまうそうです。そのため、今年ももう2月ですがクリスマスの内容のお話が発表されました。
筋書きも台詞もすべて子ども達のオリジナルの力作です。You-Tubeに動画を上げてありますので、ご覧下さい。



1回目 表から

2回目 裏から

そして、OHPを使ってのワークショップ。
昨日、昼間とやってきたことの発展を大勢でやりました。
皆でOHPを囲んで色々な物を投影し楽しみました。










今回も内容盛りだくさんで楽しいワークショップとなりました。
高橋さんありがとうございました。


これは、私の個人的な感想ですが・・・
今回参加した子ども達は世界的なアーティストである高橋匡太さんのワークショップを体験できて本当に贅沢だなあと思います。
高橋さんは、きれいな物、楽しい事を見せてくれるだけではなく、子ども達に自分で出来る、ちょっとした工夫でもっと楽しい事が出来るということを経験させてくれます。
このワークショップを経験した子ども達はきっと創造性豊かな人間に育ってくれるのではないかと思いました。

また、次回のワークショップが決まりましたら告知させてい頂きますので興味のある方は是非遊びに来て下さい。

なおYou-Tubeにはまだまだたくさんの動画をアップしてありますので、そちらもご覧下さい。

harada

2012年1月25日水曜日

2012年KAMEの翼プロジェクト始動!

今年もKAMEの翼プロジェクトが動き出しました。

2009年より構想をめぐらし、2010年12月、日比野克彦氏と中原浩大氏を交え、京都市立芸術大学の彫刻研究室で会議が開かれ、2011年春、本格的にKAMEの翼のプロジェクトは動き出しました。
が、3月11日東日本大震災が起こりました。
KAMEの翼プロジェクトチームは同時に被災地へ支援・・・と動き出しました。
4月宮城県石巻市・女川町へ行きました。5月にはカメパオを女川町でつくり、子供たちの居場所の必要性について考えました。
その後も女川・石巻に行き来しました。
夏にはこのKAMEのプロジェクトの本筋の活動、プレイベントが始まりました。
土井由紀子さん、大塚朝子さんが滞在制作を始めました。
同時にフリートーキングではさまざまな方が訪れ、交流しました。
KAMEの翼のメンバーの原田俊太郎君は、ボランティアへ行ったときに撮影した写真の展示会を行いました。
9月には、3週にわたって高橋匡太さんがこられ、子供たちと一緒に光のワークショップを行いました。
そして女川の保育者の方のテラコッタ作品展と女川資料展を行ないました。
KAMEの翼はこのように活動してきました。
さて、2012年になりました。
今年は本格的にKAMEの翼プロジェクトのイベントが行なわれます。
日比野氏と中原氏が選考した若者がこちらに滞在し、自分を表現していきます。
楽しみですね。
そしてKAMEの翼は被災地・女川のことや今日本で起きている事に意識していきます。
3月にはフリージャーナリストの渡辺幸重さん(原発について福島、・・全国、マーシャル諸島の方とも交流されている方)をお迎えし、原発について一緒に考えていきます。
今この国に生きていることの意味をしっかり思考していきましょう。



2012年まず初めの活動が1月29日(日曜)に行なわれます。
アゴラの子供たちが創作した影絵劇と光のアーティストの高橋匡太さんのコラボ。
さてどんな影絵劇となるでしょうか!?
乞うご期待!
ぜひ1月29日18時30分~20時、Аgora子ども美術工場へお越しください!!


以下・・・2011年度KAMEの翼プロジェクトの活動を振り返って~

3月KAMEの翼プロジェクトのリーフレットができました。
 
5月の宮城県牡鹿郡女川町・・・
 カメパオを作りました
 みんなで万歳!カメパオ完成!
 プレイベント交流会・大塚さん、土井さん、高橋さん、中原さん、渋垂さん
 プレイベント・交流会のフリートーキング
 高橋さんの光のワークショップ
 バルーンを外であげました
里山の アゴラが子供たちのぬりえのように光輝きました
 女川資料展とテラコッタ制作展
 女川の先生の作品
 土井由紀子さん、滞在制作中!
 大塚朝子さん・滞在制作中!
 2012年1月、新年会兼ねて2012年KAMEの翼プロジェクト活動についての会議

byてらだ

2011年12月31日土曜日

一年間サポートありがとうございました。

今年もあと7時間あまりになりました。”KAMEの翼”プロジェクでは、サポーターの皆さんをはじめあたたかく見守ってくださった多くの皆様に、たいへんお世話になりました。ほんとうにありがとうございました。


一年を振り返ってみます。


”KAMEの翼”プロジェクトの立ち上げ、リーフレットの制作。メンバーで真剣に語り合いました。そして、かつて経験したことのない地震、津波、原発災害。3月末にプロジェクト発表を考えていた私たちは戸惑いながら、、今、何をするかをスタッフで語り合う。リーフレットは色校正の段階で一旦、ストップ。京都みなさんと、東北現地の情報交換、被災地へどう対応するか、プロジェクトを進行するかどうかはなど真剣に語り合いました。状況の把握、その上で判断することに。4月19、20日現地に入る。石巻、女川町の状況。現地女川第一保育所、女川町と連絡を取り合い、どんなサポートができるかを探る。震災への対応、プロジェクト展開を決める。5月12日掛川市役所記者クラブにてプロジェクトの発表。中日新聞掲載。5月13日から17日女川町第一保育所、第4保育所に入る。14日、第4保育所では女川町の保育者とカメパオプロジェクトのメンバー中原、黄瀬、渋垂とカメの翼のメンバー寺田、原田らも加わり現地でカメパオが必要か、役に立つかと現地の皆さんと確かめ合う、同時にカメパオに入れる人形ブランケット、抱き枕(寺田制作)の提案を行う、翼のメンバーの寺田、原田、渋垂は15日以降第一保育所などで、アロマ化粧品、アロマ石けん作り、プランタンに花を植える、避難所の子ども達との交流。原田はその後も現地に残り、長期のボランティア活動を行う。6月26から28日第一保育所、保育サポート。保育者サポート、寺田制作のテラコッタのお地蔵さんと翼メンバーの木村から預かったお守りストラップを保育者に渡す。


そして、7月29日からプレイベント参加の大塚朝子さん、土井由起子さんがアゴラに入る。翌日7月30から8月1日のアゴラキャンプに参加。8月2日からアゴラのアトリエで1ヶ月間の制作に入る。8月12日から被災地に長期ボランティアを継続したメンバー、原田の写真展を開催。13日サポーター交流会にてテラコッタ制作。14日フリートーク土井由起子、大塚朝子、高橋匡太、中原浩大、黄瀬剛、能勢陽子、プロジェクトメンバー、サポーターらとフリートーク。有意義な日でした。
8月19日20日、第一保育所、第四保育所に保育サポート、保育者のテラコッタ制作。


8月28日、大塚朝子さん、土井由起子さんの滞在制作終了。原田写真展、8月28日終了。
9月1日大塚朝子、土井由起子展、開催。同時に女川の資料展んの保育者のテラコッタと女川の保育者と震災の資料展開催。
9月10日、11日高橋匡太さんの光のワークショップ、アゴラの子ども達と行う。光の実、有機ELの光の紐。17日、18日、光の紐、アゴラの塗り絵、アゴラのライトアップ、バルーン、9月24日、25日、地上絵ワークショップ、光の実、光の紐で地上絵、光るバルーン、アゴラライトアップ、夢の家。
高橋匡太さんの光のワークショップは子ども達に夢を膨らませてくれた。
9月19、20日女川の保育者にテラコッタ作品を届ける。
10月11日、プロジェクトメンバーと大塚さん、土井さんを囲み手料理の会食会。東京からリーフレットを精魂込めて書き上げてくれた丸山さんも参加。


この一年プレイベントを記してみました。
みなさんの思いで、振り返ってみてください。


よいお年をお迎え下さい。


そして、大事な情報。


高橋さんの夢の実が今夜山下公園に光ります。
陸前高田の子ども達、横浜の子ども達の光の実3000個が光ります。
この模様をNHKゆくとしくるとしで放送します。
9月、アゴラの梅の木と柿の木に光った実です。


光の実を見ながら新年をお迎えください。


shibutare


p.s.高橋さんの光の実、ゆく年くる年の情報は下記サイトで見れます。


NHK横浜放送局のトップページ/http://www.nhk.or.jp/yokohama/

横浜市文化観光局HP/ /http://www.city.yokohama.lg.jp/bunka/outline/miryoku/hope.html

2011年10月20日木曜日

プレイベントを終えて~

10月17日、プレイベントを終えて、土井由紀子さんと大塚朝子さんを囲ってささやかな食事会を開いた。
といってもАgora子ども美術工場でサポーターがひとり1~2品持ち寄ってのささやかな会。
どこかの飲み屋かどっかで食事、お酒を飲みながらの会を想像するだろうが、KAМEの翼のメンバー達は、熱い話が炸裂し、時間の区切りある場所では主旨がぼける。
そして何処よりもゆったりと気兼ねしない場所で、個々の手作りの食事はやさしさが詰まっていてなんとなくいいのだ。
そんなこんなで、おいしい食事をいただいてフリートーキングが始まった。
参加者は京都から土井さん、大塚さん、東京からリーフレットを担当した丸山さん、そして静岡メンバーの渋垂先生、辻さん、木村さん、原田君、私寺田と新しくメンバーに入った藤原君の9人。


 突然原発の話が始まった。
「東京のぼくの住んでいる地区では、剪定した木を市がチップにしてくれるんだけれど、検査の結果廃材から高濃度のセシウムが検出されたようで、市がその剪定した木などをチップにすることを引き受けなくなった。風評被害ってどうなんだ?
福島も群馬も茨城も大丈夫というが、東京で出ていること・・・原発について国や東電は、メルトダウンの話を伝えた時期が遅すぎる、そのことはいち早く分かっていたことではないのか・・・」
「駿河湾まで海から放射能が検出されている・・・」
「菅直人がいなくなって、野田さんがいった言葉・・・大丈夫な原発を!・・・それでいいのか?」
などなど原発論争は終わらない。
すると若き意見が出た。
「原発と交通事故の死者の問題、産業が発展するには、今のところ原発はやめれないでしょう。」
「いや~それは違う!原発についてどうするか?どう思うか?という問題で、交通事故の話と並べたてる話ではない。原発を持ってはいけない。人間は踏み入れてはいけない領域がある」
「でもこのたくさんの人口を支えるのは、産業が大事で、そのためにはエネルギー確保が大事で、今はまだ原発でしかまかなえない・・・それにいつかきっと人間は核融合を成功させる。すると安全な原発を作ることが出来る」
「核融合の技術を本格的に使うには30年余り、まだ年月が必要だろう。それまで危ない原子炉を動かし続けるのか?」
「たとえ今原発を停止したとしても、原子炉をとめてしまうことは出来ない。原子炉は10年間は動かさなければいけないようだ・・・30年後の核融合ができるまで、原発を動かし続けることは、先送りして、危険な状態をずっとさらしているだけなんだよ・・・」
「でも原発で働いて雇用を確保している人はどうなるんですか?原発のお蔭で生きているんではないんですか?」
「原発が最初からあったわけではない。原発を推進する方向性・・国や電力会社からの圧力、豊かさの引き換え、お金の保障と危険との関係・・・」
「NOといえるかいえないか・・・自分は原発についてどう思うかが大事だ。」

そのうちに科学の発展について話が広がる。
「クローン技術、IPS細胞、透析・・・科学の発展は、人の命を救っている。だからクローンもたくさんの人の命を救うには大事なことです。」
「いや、それはだめでしょう。人間は触ってはいけないものに手を出してはいけない。透析も一見命を救われているように見えて、人間の尊厳を奪っているような気がする。長く生きることが大事とか、命があっても生かされて依存しながら生きることは本当にいいのだろうか?医療の問題点もそこにある。原発だってそうだ・・・ウランをネイティブアメリカンは触ってはいけないものとしてたのに白人が見つけ、使ってしまった。そのことによってレントゲン、治療に確かに光を見出したかもしれないが、その光の後ろには大きな影が存在する。今私達は問われているんだ。どうするか・・・」
「でも人は火を使ってしまった。でも豊かさは得たでしょう。」
「火と原発は違う」
「手塚治虫氏が「火の鳥」で言ったように、宮崎駿が「もののけ姫」で伝えたように・・・ライ病で苦しむ人のために永遠の命が得られる・・・デイダラボッチの首をしとめようとしたこと、猪がたたり神になってしまったこと、その結末は、たたり神になてしまった猪は、デイダラボッチに息を吹きかけられ死んでしまう。生きとし生けるもの・・・自然の摂理をゆがましてしまうことがいいのかどうか、永遠の命、苦しみを救うためにやってはいけないことに手を出してもいいのか・・・」
結論はでないがたいへん熱いトークが交わされた。

その後土井さんと大塚さんに今回のプレイベントについて話を聞いた。
土井
「このプレイベントの体験を経て、今自分の仕事(子ども美術教室)で、子供達に対して、ゆとりを持って関わっている自分に気付く。どんなことが・・・?と問われるとまだ何もいえないが、少しそんな変化を感じる。
制作活動については集中できた。ハードだったが向き合った。
今回の体験で、自分の性質をいやというほど知り、また発見することもあった。」
大塚
「一ヶ月は短い。ハードだった。初めての場所でのプレッシャーもあったかも知れない。私の場合、、一ヶ月おいてから展示したかった。
ここで人と関わることは、分かっていたが、実際人が来ると、一日が早く、また変化がありすぎて・・・もっと自分をオープンにするべきだと分かっていても、自分は逆に閉鎖的になっていく。
自分は距離を置いて作品を作るという形しか出来なくて、人と関わっていられなかった。それはよくないと分かっていても遮断する自分がいて、・・そんな自分をわがままだとも思った。
作品が出来たから、これで良しということではなく、私は作品を作ってからも振り返ったり、展示の仕方を考えるのに時間がほしいので、今回の制作1ヶ月して、その後すぐに展示するということは私にとってハード。
でもこのプレイベントに参加してよかった。」

そのふたりの意見に渋垂氏は、「今後作品と展示の期間を考えよう。そして今の意見を来年からのイベントに加味していこう。しかしこのイベントは、評価されるとかいう作品展ではなく、この試みは今後の君達への通過点であり、また体験の一こまであり、今後の糧となることだと思っている。」と伝えた。
そして「表現することは社会的行為だということを理解した時、そしてそれが成し遂げた時にアーティストとして呼べるんだと思う。」と述べた。

長い長いフリートークの食事会だったが、それぞれが充実した時間を持ったといっていた。
大塚さん、土井さんお疲れ様でした。

10月17日を持ちまして土井由紀子&大塚朝子の作品は本人の元に帰って行きました。
女川資料展は、今もなお、Аgora子ども美術工場アトリエ二階で展示しています。
被災地・女川町の状況を、ただいま4月から9月19日の半年間を展示しています。
そのつど新しい被災地・女川町の情報を更新していきますので、時折こちらに足を運んでくださいませ