2012年3月22日木曜日

渡辺幸重氏の講演~

3月18日(日)13:00~16:00、フリージャーナリストの渡辺幸重さんの講演会があった。
「私たちはフクシマ後をどう生きるか」

Аgora子ども美術工場にさまざまな人が集まった。
浜岡原発に近い御前崎市の人、無農薬栽培をしている人、お茶農家の人、地域医療を考えることをしている人、大江健三郎さんと反原発の集会で歌を歌ってきた人、新聞記者、学生、医師、看護師、主婦・・・・
渡辺さんの講演は、福島県広野町の写真を何枚か見せていただきながら進められた。
広野町は、福島第一原子力発電所から20キロ圏。
のどかな町だ。
その町には、事故後、住民はいなくなり、民宿、旅館はすべて原発作業員が寝泊りしている。
サッカーのメッカ、J ビレッジのサッカー観戦場は、原発作業員の単身寮が並ぶ。
パチンコ屋やスーパーの大型駐車場は、原発作業員の派遣業者が借りている駐車場となっていた。
渡辺さんが近くの旅館に泊まったけれど、サービスは悪く、寂れた状態。
朝ごはんは、干物にお味噌汁にご飯・・・そのご飯をたくさんの人が残していた・・・
どうしてだろう?放射能を気にしてか?食欲がないのか?・・・どうしてと疑問だけが残ったそうだ。
国のモデル事業として、除染作業を行っていたが、その取材は応じてくれなかったそうだ。
巨大なキャタピラがたくさん動く国のモデル事業。この大掛かりなモデル事業を他の自治体や個人ができるかどうか?...
水の除染もやっていたけれど、意味があるのかどうか・・・
20キロ圏の境で通行止めとなり、そこから中に入るには防護服が必要である。
朝早く何台ものバスに白い防護服を着た人たちが、20キロ圏内に入っていく。そして2~3時間してから防護服を脱いだ人たちが、またバスで帰ってくる。その光景が毎日続く。
単身寮の近くのごみ置き場には、家庭ごみの袋がいっぱいに山済みされていた。そのごみは燃せない。
人間が生活するということは、ごみを出すわけで、それに加え、放射能汚染のあるごみは、燃すこともできず、行き場をなくす。
この様子は広野町とは反対側の南相馬市も同じことがいえるそうで・・・
原発近隣の町は代替エネルギー、原発廃炉、内部被爆の研究施設をつくり、ここで生きていく手法を考えているようだが・・・原発事故のために、町のコミュニティーは崩れ去った、広野町、南相馬市、大熊町、双葉町・・・。
生活するには、コミュニティーの再生が大事だと渡辺さんは言う。しかしこのままでは、コミュニティーの再生は難しく、生き方を変えていく必要がある。原発労働者を犠牲にしてまで使うことの必要があるのか・・原発は。
今、フクシマ後ではなく、まだまだフクシマ中なのである。と・・・


その後それぞれの原発事故に対する思いや自己紹介をしながら交流を図る。
特に興味深い話は、浜岡原発の近くの御前崎市の方の話だった。
その方は、浜岡原発のことについていろんな方の話を聴き続けた方だった。2000人の方に・・・
ただ原発の体制は停止できないように話を持っていく体制になっている。どうせ・・・
いくら廃炉になっても核の危険性はぬぐえない。放射能の問題は事故が起きたから怖いのではなく、今だって動かし続けている間に微量の放射能はでている・・・それに浜岡は、活断層の上にあるので、もしあのような地震が起きたら逃げようがない・・・そんな風に悲観されていた。
確かに原発立地の町は、誘致の問題で潤っている町の有り様があり、なかなか住民もしくは市長、町長と電力会社とのつながりを断ち切れない関係性にあるようだ。原発反対の意思さえも多数決の重みに押され、個人の声を上げられない現状があるそうだ。原発事故前から、原発立地の市町村でも反対意見の人はいたわけだが、平和利用といい、原発からの融資で潤う町の雰囲気のなかでは、反対することが肩身の狭く、声を上げることさえ難しい。
しかし、今回の原発事故で、意識を持った子どもを持つ母親たちは、声を上げることができたという。
悲観的にならざるを得ない今までの原発問題ではありますが、悲観していても明日はないわけです。
私たちは、もっとシンプルに生き、今までどおりの生き方をすることを推し進めるのではなく、生活、生き方を変えていくことがこれからのフクシマ後を生きることとなるのでしょう。
アゴラの先生は言います。「怖いものをちゃんと怖いといいましょう。その生き方が何を選択し、何を手放すか・・・、自然の循環の中で生活することは人間本来の感覚を目覚めさす事であり、それがこの里山にはちゃんとあるのです。」と。
最後に渡辺さんは、心と命の大事さを言われました。
「本当に大事なものはたくさんあるわけではありません、ほんの少しで生きていけるのです。」と。
それが「心と命」

あるおじさんが言いました。「普段は社会の情勢、原発、国のあり方・・・さまざまなことで怒るとこばかりでした。けれど、今日のこの時間は、うれしかった。ちゃんと考えている方々がここにいた、充実した時間でした。ありがとうございました。」と
新聞記者の方も、「ほんと良かったです。わかりやすい講演会でしたとおっしゃっていました。
お茶農家の方も御前崎の方も笑顔で帰っていかれました。

原発の問題は、本当に難しい問題のように見えます。
行政、企業、お金・・・さまざまな絡みを含んでいます。
その後ろを見てしまうと何が何やらわからなくなります。
でも基本は、自分はどういう生き方を選択するか?怖いものは何なのか?大事なものは何なのか?そのことをちゃんと思考し、それに即した生き方を選択することであり、そのいう生き方をしている中で自分独自のコミュニティーを持って行くことなのかもと思います。
                                                                        
渡辺さんの講演会にはもっとたくさんの方にきてほしかったと私は、渡辺さんにいました。
すると渡辺さんは「いいえ、これくらいが良かったのです。たくさん来てもらうには、駅の近くとか交通便のいいところの施設を借りればもっと人は集まったでしょう。でもこの里山のこのАgoraで話をするからいいのですよ。フクシマ後の話をして、エアコンガンガン利いた部屋で話をしたってなんも説得力はないのです。僕たちの生き方をちゃんと示すことがこの講演会の趣旨ですから。」と。

マーシャル諸島に行き来し、被爆した人たちと関わり、そして今福島を行き来し、フクシマを考える渡辺さんは、本当に優しい目の物腰柔らかな人でした。その優しさの中に強い意志を持ち続けて活動されている渡辺さんに感心するばかりの私でした。

by 寺田
                                                                        


                                                                                                                                                                                                              

2012年3月10日土曜日

フクシマ後を考える!

講演会  3月18日(日)13:00~16:00
「私たちはフクシマ後をどう生きるか」
フリージャーナリスト 渡辺幸重
参加費: 500円  会場: アゴラ子ども美術工場

「私たちはフクシマ後をどう生きるか」
私たちの生き方もあるし、フクシマの人たちがこれからどう生きるかということもあります・・・
みなさんもいっしょに考えてみてください。
                          (渡辺氏からのメール抜粋2/7)
昨日も脱原発世界会議に参加して勉強してきましたが、福島に行ったものとして、周りの人にそれを伝えることは使命だと思いました。ビキニ核実験で被爆したマーシャル諸島の人も来ていましたが、その人には私も二度マーシャル現地で世話になっており、日本にまで来てくれるのですから、私が静岡に行くのは、義務かもしれません。
                           (渡辺氏からのメールより抜粋1/16)

(渡辺氏のプロフィール)
渡辺幸重氏は、東大で原子物理学を学び、毎日新聞記者で、第五福竜丸、浜岡原発などを取材、その後教育、IT企業を経験した後、前畿央大学教育学部教授を経て、現在はフリージャーナリストとして原発問題、放射能被爆について長年追跡取材している。またビキニ環礁での米国の核実験で放射能汚染され、被爆したマーシャル諸島、ロンゲラップ諸島の人々との交流、助手として現地残留放射能調査、体内被曝測定などを行う。また福島に行き来している。




被災地・宮城県牡鹿郡女川町の資料展
KAМEの翼プロジェクトメンバーは2011・4月より被災地・女川へ5回行き来している。
そして女川町の保育者の方々と交流している。
その4月から5度にわたって女川へ行ったときの状況とその後の女川の先生たちや避難所で出会った家族のことを伝えています。
3011・3・11東北を大きな地震と津波が襲いました。そのことをテレビ、新聞では頻回に伝えています。
私たちは、私たちなりの支援を思考し、関わってきました。
私たちが見てきた女川の震災後の人たちの思いを知ってください。
今もなお、電話や手紙等で関わりをもち、3月3日、5歳の女の子と5年生の男の子からテラコッタ作品が女川から届きました。今大事に乾燥していますが、その作品展示もしています!ぜひ見に来てください!


震災からいろんなことを私たちは問いかけられています。
自然災害、原発という人災・・・今も福島は核の危険にさらされています。
地震・津波・原発・・・それらは東北に限ってのことではありません。
この機会にぜひ自分ごととして考えてみましょう・・・


同時開催  アゴラ作品展 2012 詳細は前ブログ↓

記事:寺田美穂

2012年3月4日日曜日

Аgora作品展開催


 今日3月4日(日)より3月18日(日)までАgora子ども美術工場で、作品展を開催しています。
出展は、Аgora子ども美術工場の渋垂秀夫先生とАgoraの卒業生、現・生徒とАgoraに関わったお母さん方の作品展です。
2年前Аgora 子ども美術工場の納屋を改造し、京都のアーティストの黄瀬剛さんの制作によって、アトリエと生まれ変わりました。
去年KAМEの翼プロジェクトの時から、そのアトリエは使われることになりました。
このようにしてАgoraは、KAМEの翼プロジェクト発信より、みんなの表現する場所に生まれ変わりました。
今回の作品展出展者は、16年前にАgora子ども美術工場を渋垂先生が作るにあたって、いろいろ動いてくださったかつてのお母さん方の作品がいくつかあります。
かつてのお母さん方は、大変勢力的に絵を描いてらっしゃって、県展にも出展されていたそうです。
先輩方の隣に今習っている私とその友人、生徒さんの作品。
二階には、今年高校卒業の太田君と木村さんの作品。卒業生で今は大学院生で今年春には社会人として巣立つ原田君の作品、そして渋垂先生の作品展示されています。
太田君も木村さんも今年美大生として巣立って、表現の世界へ羽ばたいていきます。
その前にここАgora子ども美術工場で週4回、一日4時間~6時間作品制作に打ち込んできた太田君と木村さんの作品をご覧ください。
原田君は、Аgoraでは、かつて大変精細な切り絵の作品を作ったり、制作意欲満々の学生さんでした。その原田君の学生最後の作品は、KAМEの翼プロジェクトのホームページ作成です。
去年から動き出したKAМEの翼が本格的に形をなしてきます。そのひとつがKAМEの翼プロジェクトのホームページ。
ホームページが出来上がることで、ブログ以上にさまざまなことが配信できますことを期待して~。
そして最後に渋垂先生の作品のご紹介。
「ミモの記憶」と題して、水彩画4点、油絵1点、オブジェ1点という作品となっています。
めったに見られない渋垂先生の作品をぜひ見に来てください。
長年子どもたちを見つめ、関わってきた先生で、また「紙わざ大賞」「カメパオプロジェクト」「カメの翼プロジェクト」等立ち上げ活動されている勢力的な先生とのイメージとはまた違った繊細な優しい作品です。
先生のАgora を作るに至った経緯に触れることのできる作品だと私は思います。
ぜひこの機会に静岡県掛川市千羽にあるАgora子ども美術工場へ来てください!!

{作品紹介}

太田拓実 (高3)漫画作品           「落ちこぼれの場所柄」
木村奈未 (高3)デザイン画           「猫と日常」
渋垂秀夫 水彩画 油絵 オブジェ       「ミモの記憶」
原田俊太郎 (大学院) ホームページ作成  「KAМEの翼プロジェクトホームページ」
加藤美津子  アクリル画            「See  you tomorrow]
木村真子    水彩画              「シンビジューム」
木村洋子    水彩画              「習作」
笹本稲子    水彩画              「報徳図書館」 
佐藤さゆり    油絵               「А portrait of  Аji」 
辻  礼子    水彩画              「八つ手」
寺田美穂    水彩画              「椿」 「朝の蓮畑」 「サボテンの花」
成田侑未子   アクリル画            「ノスタルジア」
富岡真弓    アクリル画            「流氷」

(記事  terada)

2012年2月23日木曜日

KAМEの翼プロジェクト始動 第二弾

今年のKAМEの翼プロジェクトの選考される若者の発表が4月に行われる。
そのための動きが着々と進められている。
2月に入り、京都芸大の中原浩大氏より、選考についての電話が入った。
中原氏は選考する若者を決めたようだ。
2月7日、今度は東京芸大の日比野克彦氏がここ静岡県掛川市千羽のアゴラ子ども美術工場にやってきた。
そして日比野氏を交えての二回目の会合。
日比野氏は、アゴラを隅々まで見て、ここで若者が制作活動する様子をイメージしたに違いない。
自然にいっぱいのアゴラを山の上から眺め、日比野氏は子どもにかえったような目をしていた。
すでに選考する若者を決めているのかどうか・・・その発表は4月。

               渋垂氏、丸山氏、日比野氏、木村さん、辻さん、寺田

アゴラの里山・裏山のどんぐり畑の前で・・・

KAМEの翼新聞4号発行!


そして今日、KAМEの翼新聞4号が刷り上り、サポーターへ発送手配を行った。
今回の新聞には、1年を振り返り、また原点に戻って語ったKAМEの翼プロジェクトの発起人の渋垂氏の記事も載っている。この記事は、KAМEの翼とそして今まで渋垂氏が見てきた子どもたちのいる社会の変容について語っている。
この記事は今回を初回とし続く・・・
子どもたち、若者を取り巻く社会は今どちらのほうに向いているのか・・・みんなでいっしょに考えたい。

ps:KAМEの翼新聞はただいま0号から4号まで発行いたしました。
  KAМEの翼新聞をお読みになりたい方は、KAМEの翼プロジェクト本部のАgora子ども美術工場まで連絡ください。
  ℡:0537-27-1428

記事 寺田

2012年2月1日水曜日

高橋匡太の光のワークショップ第3弾



1月29日(日)、KAMEの翼プロジェクトの今年最初のイベントが行われました。
光のアーティストの高橋匡太さんが昨年9月に続いてワークショップをあごら子ども美術工場で開いてくれました。
あわせて今回は、あごらに通う小学生の子ども達が昨年10月から準備を続けてきた影絵劇の発表会も行われました。
それらの様子を報告します。

前回までの高橋匡太さんのワークショップについては以下をご覧下さい。
高橋匡太の光のワークショップ

第3弾のワークショップは、前回の第2弾のハイテクワークショップから1歩戻ってアナログでローテク、でも、直感的で楽しいワークショップになりました。
今回の主役はこれ、OHP。

OHP

OHPとはオーバーヘッドプロジェクター(Over Head Projector)の略で下のステージに置かれたものが大きくスクリーンに投影されるます。
かつては、教育現場や会社などで広く使用されていましたが今や見かけることすら珍しくなってしまったプレゼンテーション用の機械です。本来はOHP用に作られた透明で文字や図表が書かれたシートを大きく投影するためのものですが、今回のワークショップではこのOHPに色々なものをのせて投影させて遊んでみよう!というものでした。

1月28日(土)
高橋さんはアシスタントの川口さんと共に前日の午後に掛川のあごら子ども美術工場に到着しました。
休憩もそこそこにOHPでどんなことをしたら面白いか実験を始めました。
手当たり次第に置物、透明なフィルム、ビニール袋、ビー玉、おはじきなどで実験をしていきました。さらには、透明なトレーに入れた水、ドライアイスなど想像もしなかったようなような色々なものがOHPにより不思議な色、形に投影されていきました。
明日のワークショップでは、これらの色々な材料を並べて子ども達に自由に遊んでもらいます。

実験の様子
いろいろな材料を用意して実験


1月29日(日)
午前
まずは、あごらに通う日曜日午前中クラスの小学生が対象のワークショップが開かれました。
あごらのアトリエには大きな白い壁があるので、そこにOHPは設置されました。
子ども達は、予想通りOHPでの遊びに大喜びで用意してあった材料だけではなく思い思いの物を自分で探してきて次々に新しい不思議な映像が大きく投影されていきます。
中には、切り絵のように紙を切って自分の物語を投影する子もいました。








午後
6時半から夜のワークショップが始まりました。
20名ほどの子ども達とそのご父兄の皆さんが参加され、子ども達の影絵劇の発表会、OHPでの光のワークショップ、さらに前回、前々回から続いている“光の実”によるライトアップも披露されました。


まず最初は光の実。
今回用意された光の実は、高橋さんが横浜や岩手県陸前高田でワークショップを開きそこの子ども達が作った物でした。昨年3月の震災を受け、それぞれに思いのこもった光の実があごらの梅の木に灯されました。
参加した子ども達は一人一つ自分の手で木に光の実を取り付けました。






続いて、子ども達の影絵劇の発表会。
あごらでは毎年恒例になっている影絵劇。毎年クリスマスに向けて10月頃から準備が始まりますがいつも完成はこのくらいの時期になってしまうそうです。そのため、今年ももう2月ですがクリスマスの内容のお話が発表されました。
筋書きも台詞もすべて子ども達のオリジナルの力作です。You-Tubeに動画を上げてありますので、ご覧下さい。



1回目 表から

2回目 裏から

そして、OHPを使ってのワークショップ。
昨日、昼間とやってきたことの発展を大勢でやりました。
皆でOHPを囲んで色々な物を投影し楽しみました。










今回も内容盛りだくさんで楽しいワークショップとなりました。
高橋さんありがとうございました。


これは、私の個人的な感想ですが・・・
今回参加した子ども達は世界的なアーティストである高橋匡太さんのワークショップを体験できて本当に贅沢だなあと思います。
高橋さんは、きれいな物、楽しい事を見せてくれるだけではなく、子ども達に自分で出来る、ちょっとした工夫でもっと楽しい事が出来るということを経験させてくれます。
このワークショップを経験した子ども達はきっと創造性豊かな人間に育ってくれるのではないかと思いました。

また、次回のワークショップが決まりましたら告知させてい頂きますので興味のある方は是非遊びに来て下さい。

なおYou-Tubeにはまだまだたくさんの動画をアップしてありますので、そちらもご覧下さい。

harada

2012年1月25日水曜日

2012年KAMEの翼プロジェクト始動!

今年もKAMEの翼プロジェクトが動き出しました。

2009年より構想をめぐらし、2010年12月、日比野克彦氏と中原浩大氏を交え、京都市立芸術大学の彫刻研究室で会議が開かれ、2011年春、本格的にKAMEの翼のプロジェクトは動き出しました。
が、3月11日東日本大震災が起こりました。
KAMEの翼プロジェクトチームは同時に被災地へ支援・・・と動き出しました。
4月宮城県石巻市・女川町へ行きました。5月にはカメパオを女川町でつくり、子供たちの居場所の必要性について考えました。
その後も女川・石巻に行き来しました。
夏にはこのKAMEのプロジェクトの本筋の活動、プレイベントが始まりました。
土井由紀子さん、大塚朝子さんが滞在制作を始めました。
同時にフリートーキングではさまざまな方が訪れ、交流しました。
KAMEの翼のメンバーの原田俊太郎君は、ボランティアへ行ったときに撮影した写真の展示会を行いました。
9月には、3週にわたって高橋匡太さんがこられ、子供たちと一緒に光のワークショップを行いました。
そして女川の保育者の方のテラコッタ作品展と女川資料展を行ないました。
KAMEの翼はこのように活動してきました。
さて、2012年になりました。
今年は本格的にKAMEの翼プロジェクトのイベントが行なわれます。
日比野氏と中原氏が選考した若者がこちらに滞在し、自分を表現していきます。
楽しみですね。
そしてKAMEの翼は被災地・女川のことや今日本で起きている事に意識していきます。
3月にはフリージャーナリストの渡辺幸重さん(原発について福島、・・全国、マーシャル諸島の方とも交流されている方)をお迎えし、原発について一緒に考えていきます。
今この国に生きていることの意味をしっかり思考していきましょう。



2012年まず初めの活動が1月29日(日曜)に行なわれます。
アゴラの子供たちが創作した影絵劇と光のアーティストの高橋匡太さんのコラボ。
さてどんな影絵劇となるでしょうか!?
乞うご期待!
ぜひ1月29日18時30分~20時、Аgora子ども美術工場へお越しください!!


以下・・・2011年度KAMEの翼プロジェクトの活動を振り返って~

3月KAMEの翼プロジェクトのリーフレットができました。
 
5月の宮城県牡鹿郡女川町・・・
 カメパオを作りました
 みんなで万歳!カメパオ完成!
 プレイベント交流会・大塚さん、土井さん、高橋さん、中原さん、渋垂さん
 プレイベント・交流会のフリートーキング
 高橋さんの光のワークショップ
 バルーンを外であげました
里山の アゴラが子供たちのぬりえのように光輝きました
 女川資料展とテラコッタ制作展
 女川の先生の作品
 土井由紀子さん、滞在制作中!
 大塚朝子さん・滞在制作中!
 2012年1月、新年会兼ねて2012年KAMEの翼プロジェクト活動についての会議

byてらだ

2011年12月31日土曜日

一年間サポートありがとうございました。

今年もあと7時間あまりになりました。”KAMEの翼”プロジェクでは、サポーターの皆さんをはじめあたたかく見守ってくださった多くの皆様に、たいへんお世話になりました。ほんとうにありがとうございました。


一年を振り返ってみます。


”KAMEの翼”プロジェクトの立ち上げ、リーフレットの制作。メンバーで真剣に語り合いました。そして、かつて経験したことのない地震、津波、原発災害。3月末にプロジェクト発表を考えていた私たちは戸惑いながら、、今、何をするかをスタッフで語り合う。リーフレットは色校正の段階で一旦、ストップ。京都みなさんと、東北現地の情報交換、被災地へどう対応するか、プロジェクトを進行するかどうかはなど真剣に語り合いました。状況の把握、その上で判断することに。4月19、20日現地に入る。石巻、女川町の状況。現地女川第一保育所、女川町と連絡を取り合い、どんなサポートができるかを探る。震災への対応、プロジェクト展開を決める。5月12日掛川市役所記者クラブにてプロジェクトの発表。中日新聞掲載。5月13日から17日女川町第一保育所、第4保育所に入る。14日、第4保育所では女川町の保育者とカメパオプロジェクトのメンバー中原、黄瀬、渋垂とカメの翼のメンバー寺田、原田らも加わり現地でカメパオが必要か、役に立つかと現地の皆さんと確かめ合う、同時にカメパオに入れる人形ブランケット、抱き枕(寺田制作)の提案を行う、翼のメンバーの寺田、原田、渋垂は15日以降第一保育所などで、アロマ化粧品、アロマ石けん作り、プランタンに花を植える、避難所の子ども達との交流。原田はその後も現地に残り、長期のボランティア活動を行う。6月26から28日第一保育所、保育サポート。保育者サポート、寺田制作のテラコッタのお地蔵さんと翼メンバーの木村から預かったお守りストラップを保育者に渡す。


そして、7月29日からプレイベント参加の大塚朝子さん、土井由起子さんがアゴラに入る。翌日7月30から8月1日のアゴラキャンプに参加。8月2日からアゴラのアトリエで1ヶ月間の制作に入る。8月12日から被災地に長期ボランティアを継続したメンバー、原田の写真展を開催。13日サポーター交流会にてテラコッタ制作。14日フリートーク土井由起子、大塚朝子、高橋匡太、中原浩大、黄瀬剛、能勢陽子、プロジェクトメンバー、サポーターらとフリートーク。有意義な日でした。
8月19日20日、第一保育所、第四保育所に保育サポート、保育者のテラコッタ制作。


8月28日、大塚朝子さん、土井由起子さんの滞在制作終了。原田写真展、8月28日終了。
9月1日大塚朝子、土井由起子展、開催。同時に女川の資料展んの保育者のテラコッタと女川の保育者と震災の資料展開催。
9月10日、11日高橋匡太さんの光のワークショップ、アゴラの子ども達と行う。光の実、有機ELの光の紐。17日、18日、光の紐、アゴラの塗り絵、アゴラのライトアップ、バルーン、9月24日、25日、地上絵ワークショップ、光の実、光の紐で地上絵、光るバルーン、アゴラライトアップ、夢の家。
高橋匡太さんの光のワークショップは子ども達に夢を膨らませてくれた。
9月19、20日女川の保育者にテラコッタ作品を届ける。
10月11日、プロジェクトメンバーと大塚さん、土井さんを囲み手料理の会食会。東京からリーフレットを精魂込めて書き上げてくれた丸山さんも参加。


この一年プレイベントを記してみました。
みなさんの思いで、振り返ってみてください。


よいお年をお迎え下さい。


そして、大事な情報。


高橋さんの夢の実が今夜山下公園に光ります。
陸前高田の子ども達、横浜の子ども達の光の実3000個が光ります。
この模様をNHKゆくとしくるとしで放送します。
9月、アゴラの梅の木と柿の木に光った実です。


光の実を見ながら新年をお迎えください。


shibutare


p.s.高橋さんの光の実、ゆく年くる年の情報は下記サイトで見れます。


NHK横浜放送局のトップページ/http://www.nhk.or.jp/yokohama/

横浜市文化観光局HP/ /http://www.city.yokohama.lg.jp/bunka/outline/miryoku/hope.html